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戦争が終わるとたんに忘却が始まる

2005年7月11日
ジャン・ユンカーマンさん(「映画 日本国憲法」監督)
「映画 日本国憲法」が劇場公開されました。いま、劇場公開記念企画「憲法の話をしよう。私がおもう憲法9条のこと」(主催:シグロ、後援:マガジン9条)も行われています。そのトークショーの第1回目として公開初日(7月2日)のユンカーマン監督の舞台挨拶を紹介します。

最近とても面白い文章を読みました。ロード・ロバート・セシルという第一次世界大戦の時のイギリスの大臣だった人が、第一次大戦が終わろうとしているときに書いた次の文章です。
「いま存在している戦争の残酷さと無駄に対しての反感が頼るべき強い勢力になる。戦争が終わるととたんに忘却が始まる。だから戦争で体験してきた全てがまだ生々しく記憶に燃えているうちにかぎって、反発を乗り越えて新しいよりよい世界国家の組織をつくる可能性がある」
ロード・ロバート・セシルはその後戦争をおこさないために国際連盟をつくろうとがんばり、その活躍でノーベル平和賞をもらったんですが、彼の言葉の中の「戦争が終わるとたんに忘却が始まる」という言葉がとても大事だと思うんです。今年は戦後60周年であり、国連の60周年でもあります。日本国憲法もまもなく還暦を迎えることになっていますが、国連も日本国憲法も戦争の残酷さと無駄の記憶がまだ生々しく残っているうちにできたものなので、その忘却があっても機関として、あるいは法律としてその後に残り、その役割を果たし続けてきました。
今年はまたベトナム戦争が終わって30周年ですが、私は若い頃そのベトナム戦争をみながら育ちました。悩んだり悲しんだり、それに強く強く反対しました。私はあの戦争が終わった時に、もう二度と侵略戦争が起こらないことを望んでいたんですが、しかし残念ながらその戦争が終わったとたんにその忘却が始まり、しかもそのときアメリカは法律もつくらず、条約も結びませんでした。その結果その後まだ30年もたっていないうちに、アフガニスタンやイラクなどで、また残酷で無駄な戦争をくりかえすことになりました。
私は戦争が終わるととたんに歴史に対する歪みも始まるんだと思います。あるいは歪めることが意図的に始められるということでもあると思うんです。その忘却と歪みの中にいまの日本国憲法の「改正」の動きがあると私は思い、この映画の製作に入りました。今の憲法「改正」の動きはとても危険なものだと思います。いまこそ日本国憲法を生んだ歴史を再確認する必要があります。そして、靖国神社参拝問題などで日中・日韓の摩擦が日々強まっている中で、憲法9条を変えるということが隣の国々にどういう影響を及ぼすのかを考えるべき時期です。いまになって戦争から得た教訓を捨てて、再び戦争ができる国にすることは歴史と文明の流れに逆らうことになります。ぜひその動きを止める必要があると思います。
(「映画 日本国憲法」公開にあたっての舞台挨拶から)

「映画 日本国憲法」ホームページでの「監督の言葉」

 この映画の製作過程で私たちはいくつかの国を旅した。そして、とくに香港とソウルで、歴史が今なおいかにダイナミックに生き、流れ続けているかを知った。戦争は60年前に終わったかもしれない。しかし、人々の戦争体験は生き続けている。戦争の悲劇と、それを忘れない義務は、条約や時間によってケジメがつくものではないし、終わるものでもない。

 日本国憲法は、それが公布された時点では先駆的な文書であったし、私たちが今回の取材で再確認したように、今も世界中の人々が求めてやまない理想を示している。日本にとって、この時期にそれを捨てることは、歴史の潮流に逆らう行為だ。

 私が初めて日本を訪れたのは1969年のことである。その頃、ベトナムのジャングルでは50万人以上のアメリカ兵が戦っていた。私は16歳だった。当時のアメリカには徴兵制があったから、いずれは自分も不当で無節操な戦争に参加しなければならないという不安を感じていた。日本の平和憲法は、アメリカにあふれ返る軍国主義と明確な対照を成す、悟りと知恵の極致のように思えた。そのことが、日本にいるといつもやすらぎを感じられた理由の一つであろうし、私が長い間、日本に住み、日本で子供たちを育てようと決めた大きな理由ともなっている。将来、私の子供たちが、平和憲法をもつ国で子供を育てる道を選択できなくなるかもしれないと考えると、恐ろしくてならない。

 平和憲法と、それに守られている人権は、空気のようなものである。私たちはそれらを当然のものと感じ、ことさら考えてみることがない。現在の改憲論議は、私たちに憲法の意味をふたたび気づかせてくれる。日本に住み、日本で働き、日本で家族を育んでいるすべての人にとって、それがなぜ、どのようにして書かれたのか、そしてどうすればその精神を守り、広げていけるかを考えるよい契機となる。

* 法学館憲法研究所は「映画 日本国憲法」の東京・渋谷ユーロスペースでの上映にあたって、その前売券を取り扱っています。詳しくはこちらへ

◆ジャン・ユンカーマンさんのプロフィール

1952年、米国ミルウォーキー生まれ。
画家の丸木位里・俊夫妻を取材した『劫火-ヒロシマからの旅-』(1988)は米国アカデミー賞記録映画部門ノミネート。9.11のテロ後にノーム・チョムスキーにインタヴューした『チョムスキー9.11』(2002)は世界十数カ国語に翻訳・上映され、現在も各国で劇場公開が続いている。他に、与那国のカジキ捕りの老漁師を描いた『老人と海』(1990)、エミー賞受賞作「夢窓〜庭との語らい」(1992)など。現在も日米両国を拠点に活動を続ける。


 
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