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「君が代」を起立して心を込めて歌え!? 〜国家(=近代公教育)は精神的自由を保障するのか〜

2005年5月23日
竹森真紀(学校現場に内心の自由を求め、「君が代」強制を憲法に問う=ココロ裁判原告)

○減給処分取消の画期的判決          
 少し挑発的なタイトルを付けました。「日の丸」に正対し、「君が代」を起立して、正しく、心を込めて斉唱することというのは、北九州市教育委員会が20年前から市内の公立小中養護学校で本当になされてきた「指導」ですし、その「指導」に基づいた学校長の職務命令に違反したとして懲戒処分が出し続けられていること、そしてそれを不服として裁判を係争している原告たちがいることを、どれだけの人が知っているだろうかという思いとして、このタイトルを受け止めていただけたらと思います。

 そして、この4月26日、福岡地裁において96年提訴から9年という歳月そして33回という長期弁論の末の裁判の判決がなされました。冒頭、亀川裁判長は「被告北九州市教育委員会が平成11年7月19日付で原告稲田純に対 してした減給1ヶ月処分を取り消す」と読み上げ、法廷内は歓喜の声で湧きました。そして、次々と、減給処分取消の主文が読み上げられていったのです。

 ある意味、信じられない「勝ち」判決として、私たちは現実にこの目と耳で確 認しました。戒告以下の処分については棄却され、その余の請求についてはすべて棄却されましたが、この減給取消の重みを思えばそのことは特に「敗け」ではないと受け止めています。私たちがほぼ20年にわたって発信し続け、9年近い弁論で問い続けたその司法の判断は、ここで一言では語り尽くせません が処分の取消という最大の勝利を勝ち取ったと確信できるものでした。

○20年前になされた「4点指導」
 繰り返しますが、北九州市教育委員会は1985年の文部省による「国旗国歌の徹底通知」(初めての卒入学式における日の丸・君が代全国一斉実施調査)後、「国歌斉唱時には起立して、心を込めて、正しく、斉唱すること」との内容を含むいわゆる「4点指導」という「指導」と言う名の下の強い拘束力を持った通知をなしたのです。これは、今も尚全く同様の形式で続いています。この市教委による「4点指導」を受けた校長が「起立斉唱」を求めた職務命令を発しそれに違反したということで、1987年の厳重注意から始まってこれまで減給3ヶ月を最高として懲戒処分がなされ続けてきました。これは、ある種北九州市教育委員会の行き過ぎた全国でも異例な「君が代」処分ではあります。

 しかし、文部省の通知に沿った処分であることも間違いなく、また「国旗国歌法制化」以降、広島や今東京でも「不起立」の教職員が処分されていることを思えば、単なる北九州市だけの問題ではないことは明らかです。ただ、すでに89年の懲戒処分以降現在のココロ裁判原告らが人事委員会などで係争し、96年には裁判で係争することとなったという事実はあまりに世間では知られていなかったのではないでしょうか。

○戦後教育法理念を示した判決
 今回の判決では、この20年にわたる教育委員会の「(4点指導)指導は、国歌斉唱の方法を提示するにとどまらず、実施状況を監督するものであり、校長は従わざるを得ないという事実上の拘束を受けていたとし、このことは教育基本法10条1項の『不当な支配』に当たる」と断じました。また、その前提として市教委が「4点指導」や「学校長の職務命令」や本件処分の法的根拠としてきた学習指導要領の法的拘束性についても、「学習指導要領は大綱的基準であるとした上で、卒業式の細目にわたっての拘束力を持つものではない」との判断がなされたのです。

 本件処分は端的に言えば、「学校長の職務命令違反」であり「君が代」斉唱時の着席行為が違法行為として処分がなされているわけですが、さらに判決は被告主張の「着席行為」が信用失墜行為にあたるという点についても、被告自身がそれを立証できなかった(文書提出命令にも違反し提出しなかったことをもって)として、退けました。すなわち、原告らの「着席」行為は何ら公務員としての信用を失墜するものでもなく、減給処分取消の理由としてあるように「式の進行に混乱がなかったことや、原告らの教員としての適格性を疑わせる他の事情がない」ことを判示しました。これまでの「君が代」処分では行政の手続違反で取り消された事案はありますが、本件は「式の進行に混乱がなかったことや、原告らの教員としての適格性を疑わせる他の事情がないことを考慮すると、直接、生活に影響を及ぼす処分をすることは、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱した」として取り消されたのです。このことは行政処分の取消訴訟としても画期的なものです。

○自ら獲得するもの、それが人権であり憲法の示すもの
 判決は、「職務命令が憲法19条に違反するとはいえない」としており、私たちが問い続けている「君が代」強制の違憲性については退けたというよりも逃げるしかなかったのだと思います。しかしこの判決が、「4点指導」の違法を明示し、減給処分を取り消したことで「君が代」への違和感や拒否について肯定され、公教育における「君が代」斉唱の問題が一人一人の思想良心の自由の問題であるということを提起したことに間違いはありません。思想良心の自由という精神的自由という憲法の理念の中核的な位置をしめる重要な条項について、私たちは一歩も譲らず裁判所に迫り続けてきました。その判断の結果は、校長の職務命令を裁量の範囲として曖昧にして、本質的な意味での原告ら及び子どもたちへの思想良心の自由の侵害については裁判所自身まだまだ迫りきれなかったようです。しかし、司法判断を待つまでもなく、私たちが現場も含めて問い続け、抗い続けてきたこの20年近い年月は、「君が代」強制における「思想良心の自由」とは何かということを提起し、確立させていく一歩として根付いて行っているように思います。

 そして今、東京都で起こっている「君が代」処分弾圧は、止まるところを知らないかのように見えますが、弾圧によって「ここに自由はなかった」と気づくところから本当の闘いは始まり、与えられた自由ではなく自らが奪い取る「自由」を生み出していいけるのだと思う。学校には本当に「自由」が保障されているのか、果たしてその「自由」を保障できるのは誰なのか、あらためて問いかけなければならない時が来ています。今年は、戦後60年、奇しくも「憲法」が戦後初めて「国民」の間で話題になった年といえるかもしれません。遅すぎることはありません。「自由が奪われている」と気づいた人から声を上げていくことこそが、一人一人の基本的人権を国家へ保障させることなのです。

※「想定の範囲」ではありましたが、5月9日付で被告原告双方共に控訴し、また改めて「憲法」に問い続けていくことになりましたことをここに報告します。

原告たちのホームページは「素敵に不適格!」です。

◆竹森真紀(たけもり まき)さんのプロフィール

「ココロ裁判」原告として19名の原告団の本人訴訟の事務を担う。
北九州がっこうユニオン・うい(独立組合) 書記長。


 
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