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今週の一言

 

隠された狙い

2005年4月11日
鈴木猛さん(日本国民救援会中央本部事務局次長)
一人の男性が、タバコをふかしながら歩いている。その煙が、後から歩く自分にかかる。「おい、ここじゃ、歩きタバコは条例違反だぞ」。心の中でつぶやく。その瞬間、そのつぶやきに自分自身驚いた。



千代田区内の道路にかかれた
禁煙マーク(JR御茶ノ水駅前)
私の利用する駅がある東京・千代田区では2002年、路上での喫煙、タバコのポイ捨てを罰する条例が制定されました。駅を下りると、キャッチフレーズでもある「マナーからルールへ」と書かれた看板が立ち、歩道には禁煙マークが書かれています。いつもそれを目にしながら、職場に通っています。
このような条例は、「生活安全条例」(あるいは「安全・安心条例」)と呼ばれ、全国の約半数の自治体で制定され、その数は増えてきています。「この条例には問題がある」と、私たち(日本国民救援会)は制定に反対しています。
問題点については後述しますが、ここで最初の私の体験に話を戻します。
この条例ができるまで、私は、歩きタバコをしている人を見ると、「煙いな」「危ないなー」と感じていました。しかし、条例―私が反対していた―ができて、「条例違反だろ」という感情が加わったのでした。いつの間にか、知らないうちに、自分のなかで条例が息づいていた、そのことに私は「ハッ」としたのでした。
「生活安全条例」について、自治体側は、「治安悪化」が叫ばれる昨今、警察の検挙率も低下し、犯罪から身を守るためには警察まかせにせず、住民・事業者も「責務」を負って協力しましょう、マナー違反のような小さい「罪」も見過ごさず規制(条例によっては罰則も)しましょう、そして設備面でも「防犯(監視)カメラ」などで犯罪の予防をはかりましょう、そのために制定が必要です、と説明しています。
この条例の問題はどこにあるのか。まず、「治安悪化」(※1)というのなら、その根本原因にこそ対策を打つべきですが、そこに対する視点はありません。同時に、国民の「安全」を守ることを責務とする警察が一体どのような努力をし、本当に責務を果たしているのか、といった分析も欠落しています。その一方で、民間パトロールをはじめ、住民に「自主」的防犯組織を作らせ、警察の「下部組織」としての役割を担わせています(※)。
さて、私がこの条例に反対するもっとも大きな理由は、「目」です。はしなくも私自身に現れたように、条例の制定により、一人ひとりの住民・市民の「目」が、いつの間にか条例を制定した行政の「目」となり、さらにその背後にある警察の「目」となるのではないかという恐れです(この条例を警察庁と全国防犯協会連合会が推進しています)。人によっては、それまで単なる「嫌悪」「迷惑」「不快」と感じたもの、たとえば「ホームレス」「ビラまき」などが、条例で規制の対象(直接的には明示しないにしても)となったときに、住民・市民の「目」は、それらを排除や規制・処罰の対象として監視することになりはしないでしょうか。
「そんなこと、考えすぎだよ」と言われるかもしれません。しかし、次に紹介する事件にも同様の「隠された狙い」を私は感じるのです。



言論の自由の擁護を訴えた集会(4月6日)
2004年12月23日、東京・葛飾区内で、日本共産党の「区議会だより」、「都議会報告」、「区民アンケート」を、オートロック式ではないマンション(9階建て)の各戸ドアポストに入れていた人が「住居侵入罪」で逮捕され、起訴されました。東京・立川市の防衛庁官舎ビラ配布事件の無罪判決(※3)が出されて1週間後に起きただけに、マスコミも注目しました。
検察は起訴にあたり、「住居侵入罪」では異例の記者会見を開きました。会見では、起訴した理由の一つとして、ピッキングへの不安などの住民感情の強さを上げた、と報道されています(※4)。しかし、検察が言うように、この起訴によって、ピッキングが減るのでしょうか。私はそう単純ではないと思います。もっと手口が巧妙にはなるかもしれませんが。
私は、この起訴によって、2つの影響を懸念しています。1つは、「民主主義社会の根幹」をなすビラの投函・配布行為に対する萎縮効果です(とくに自衛隊派兵反対など政府の政策に反対する政治的言論活動)。もう一つは、住民の「目」の変化です。たとえば、これまで「ビラまきは迷惑だ」と感じていた人や気にも止めていなかった人の「目」に、今後、ビラ配布が、気になったり、さらには「住居侵入の犯罪行為」と映ったりするのではないか、ということです。
この2つの影響こそ、検察がこの事件を起訴した「隠された狙い」だと、私は考えています。


大日本帝国憲法は基本的人権を明記はしていましたが、それは「臣民」として「法律ノ範囲内」で許されたものでした。実際に、治安維持法などの法律により、思想、表現などの自由は窒息させられました。
日本国憲法は、戦前の弾圧に対する反省と国際的な人権擁護の流れをふまえ、基本的人権を「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(97条)と位置づけ、法律の制約なしに保障しました。しかし政府は、「公共の福祉」を理由に基本的人権を抑圧・制約してきました。「公共の福祉」といったあいまいな概念による制約に対しては強い批判があり、4月4日にまとめられた自民党の新憲法起草委員会要綱では、「公共の福祉」に変わって、「国家の安全と社会秩序の維持」が打ち出されました。ここでもまた「安全」が登場しました(それも「国家」の)。
「安全」の名のかげにある「隠された狙い」。それがいったい、日本を、そして私たちをどこへと向かわせようとしているのか――少しの時間、大きく深呼吸し、冷静になり、考え、見抜くことが、いま必要だと思います。

※1「治安悪化」に対する異論反論もあります。例えば、『世界』04年7月号「犯罪不安社会の実相」
※2詳しくは、「生活安全条例」研究会編『生活安全条例とは何か』現代人文社を参照ください。
※3東京地裁八王子支部の無罪判決(2004年12月16日)は、ビラの投函自体は、「憲法21条1項の保障する政治的表現活動の一態様であり、民主主義社会の根幹を成すもの」と判断。
※4朝日新聞2005年1月12日

◆鈴木猛(すずき・たけし)さんのプロフィール

43歳。日本国民救援会中央本部事務局次長。
日本国民救援会=1928年に創立された人権団体。戦前は治安維持法で弾圧された人たちの救援にあたり、戦後は松川事件などの政治弾圧や、選挙・言論活動への弾圧事件をはじめ、冤罪事件、労働事件などを支援している。ホームページは、http://www.kyuuenkai.gr.jp


 
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