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世界の注目 日本の沈黙
―NHK番組への政治介入問題を「報道の自由」の視点から考える―

2005年2月28日
 西野瑠美子さん(VAWW-NETジャパン共同代表)

NHKの番組に対して、放送前に会って意見を述べたことが明らかになった安倍晋三議員ら複数の国会議員たちは、「公平・公正な番組にしてくださいと言っただけ」であり「政治圧力ではない」と繰り返している。彼ら政治家に会った直後、永田町から帰った松尾放送総局長や野島直樹担当局長は伊東律子番組制作局長室に制作に当たっていた吉岡部長や長井デスクらを呼び、局長試写を行って様々な場面カットを指示した。29日と30日に行われた上層部からの業務命令として行われた場面カットは、日本軍の犯罪性を明らかにした判決場面や被害者と加害者の証言など多岐にわたった。こうした事実経過だけを見ても、カットが政治家の発言と無関係だった、圧力は無かったなどと言えようはずがない。
放送法は「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と定めている。また第三条は「放送番組は法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は起立されることがない」とある。今回の政治家の「発言」は、どのように弁明しようともこれに抵触するものであったことは明らかだ。
問題が発覚して以来、安倍議員は様々なメディアを通して弁明を繰り返した。とりわけ、自らの行為を正当化するためか、番組が扱った女性国際戦犯法廷(以下「法廷」)がどれほど問題があるのかを主張してきた。「被告人弁護がいない」「北朝鮮の2人の工作員が検事として裁く側に立っている」というのは、その典型的な発言である。
安倍氏は全く事実関係を確認せず、鬼の首を取ったかのように意気揚々とこの発言を続けているが、その認識は事実とは異なる。「法廷」の裁判官は開廷二ヶ月前に被告である日本政府の総理大臣森喜朗氏に対して、被告人又は被告代理人の出廷を要請した。しかし、何の応答もなかった為、裁判官はイギリスのアミカスキュリエ(法廷助言者)の制度を採用したのだ。その結果、「法廷」初日と最終日に三人の弁護士がアミカスキュリエとして被告側の弁護と主張を行った。初日には被告の主張だけではなく、「死者を裁く」ことについて適正手続き、いわゆるデュープロセスの確保についても指摘した。
また、安倍氏は盛んに北朝鮮の工作員が検事だということを強調し、「法廷」を「北の謀略」説に繋げているが、実際、「法廷」の二人の首席検事は北朝鮮ではなく、オーストラリアのウスティナ・ドルゴポルさん(国際法学者)とアフリカ系米国人のパトリシア・セラーズさん(旧ユーゴとルワンダの国際戦犯法廷のジェンダー犯罪法律顧問)だった。そもそも北朝鮮検事団は存在せず、南北朝鮮が一つになって南北コリア検事団を結成したのだ。
このように、「法廷」の事実を歪曲した発言を繰り返す安倍氏の発言は、女性国際戦犯法廷の道義的権威を侮辱しその名誉を傷つけるもので、重大な「法廷」の人格権侵害とも言うべき行為である。と同時に、私はこうした暴言を垂れ流すメディアの責任も重大であると思っている。
メディアはその発言が誤っていることを見抜けないため見逃しているのか、あるいは誤っていることを承知で暴言を野放しにしているのか?「法廷」の主催団体(国際実行委員会)の一つであったVAWW-NETジャパンは、安倍氏とマスコミに対して、その事実誤認を指摘する文書を送付した。しかし、安倍氏の発言は、その後も相変わらずマスメディアで流され続けた。こうした状況は、「法廷」が開催された2000年の状況に酷似している。
「法廷」が開催されたとき、国内外から143社305名の人々が取材していた。このうち海外のメディアは95社200名。韓国、台湾、フィリピン、インドネシアなどアジア各国は勿論のこと、ドイツ、イギリス、フランス、アメリカ、オーストラリアなど、欧米諸国のメディアが「法廷」を取材し、詳細に報道したのだ。
韓国のメディアの場合、ハンギョレ新聞は30数回取り上げ、東亜日報、朝鮮日報、中央日報の三紙は開廷前から詳しく伝えていた。また、ドイツの場合は10紙以上が「法廷」を報じた。しかし、そうした海外の報道に比べて、日本国内のメディアは一部を除いてはまったく報道しようとはしなかった。その姿は、「無視」に近いものだった。そんな日本の報道姿勢に対して、ハンギョレ新聞は「世界の注目と日本の沈黙」という見出しをつけてマスコミ批判をした。また、イギリスのガーディアン紙は、このような記事を掲載した。
「それはあたかも55年前と同じだ。日本のメディアは法廷などまるでなかったかのように報道しなかった。様々な意味で新しい地平を切り開いたこの催しが、ニユース価値がないから報道しなかったなどということはできない」と。
南京虐殺が起きた当時、世界のメディアはそれを報じたが、日本のメディアは全くそれを報じなかった。その結果、加害当事国である日本の国民だけがその事実を知らされなかった。ガーディアン紙はそのことと重ね合わせて論じたのである。
四年前の世界のメディアの批判は、四年後の今、再び日本のメディアの報道姿勢に大きな問題を問いかけている。日本軍の「慰安婦」制度が国際社会の国際法の専門家たちにより「人道に対する罪」で裁かれたことを報じなかった日本は、今、安倍氏の発言を問う「力」さえない。無視が無知を呼び、真実を捻じ曲げることに加担しているのだ。

憲法に保障された「表現の自由」に基づく制作現場の「報道の自由」は、「メディアが国家や権力から干渉されることなくジャーナリズムの機能を発揮し、政府を批判・監視して健全な民主主義の維持に貢献するために保障されるべき権利」である。真実を市民に報道することを侵害されないメディアの権利なのだ。
NHKの異常な番組改変は、二つの意味で「報道の自由」を侵害するものだったといえる。一つは、政治家による外的侵害、もう一つは、それに屈して業務命令という「内的権力」により制作現場の「表現の自由」を侵害した内的侵害である。
バウネットはこの異常な改変の真実を明らかにするために2001年7月24日にNHKら番組制作に当たった三者を被告に提訴した。現在、控訴審で争われているが、その裁判の審理の中で、NHKは「取材した内容をどのように編集しようとも、それはメディアの守られるべき権利である」と主張した。一審判決は、その主張を認めるかのように改変は「編集の自由の範囲内」という驚くべき判決を下したのだ。
今年の1月、結審を間近にしていた控訴審は、政治介入問題の発覚により結審が見送られた。次回口頭弁論は4月25日を予定しているが、控訴審で司法は政治介入についていかなる審判を下すのか、裁判の「これから」を大いに注目してほしい。
民主主義の崩壊は教育とメディアから始ると、私は考えている。今回発覚した問題は国民の「知る権利」の侵害であり、情報操作ともいうべき問題である。日本の民主主義は、今まさに坂道を転げ落ちている。それを食い止めるのは日本の民主主義でしかない。政治介入問題はこのまま見逃されていくのか? 日本の民主主義が試されている。

◆西野瑠美子さんのプロフィール

VAWW-NET ジャパン共同代表。フリージャーナリスト。早くから日本軍性奴隷制の問題に取り組み、取材を重ねる。『戦場の「慰安婦」/拉孟全滅戦を生き延びた朴永心の軌跡』(明石書店)で日本ジャーナリスト会議(JCJ)2004年度「JCJ賞」を受賞。他著書多数。


 
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