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なぜ「表現の自由」が…

2005年2月14日
小沢隆一さん(静岡大学人文学部法学科教授・憲法学)

1.いま、「表現の自由」が危機に瀕しています。というと、多くの人は、NHKの番組「戦争をどう裁くか」の改ざんにまつわる自民党政治家の圧力、それをめぐる朝日新聞の報道などの問題を思い浮かべるでしょう。「政治とマス・メディア」をめぐる問題も、表現の自由の重要問題ですが、ここで取り上げたいのは、ふつうの市民がその生活のなかでおこなう「表現の自由」の問題です。今まで取りたてて問題とされてこなかったこと、本来ならば市民社会のなかで解決されるべきことが、ここ1年ほどの間に、権力機関によってとりわけ厳しく規制されるようになってきています。市民の「表現の自由」がこのように規制されるのはなぜか?これが標題の趣旨です。

2.いくつかの例をあげましょう。@2004年2月27日、東京都立川市内の防衛庁官舎にイラクへの自衛隊派遣に反対する内容のビラを配布したことについて、「住居侵入罪」として3人が逮捕され、3月5日に起訴されました。しかも、3人は、5月11日に保釈が認められるまで75日間も勾留されました(この事件の詳細は、次を参照して下さい。宗像充『街から反戦の声が消えるとき−立川反戦ビラ入れ弾圧事件−』樹心社・2005年)。A同年2月12日、杉並区の公園の公衆トイレに「戦争反対」の落書きをした若者に対して、東京地裁は、懲役1年2ヶ月執行猶予3年というこの種の犯罪では異例に重い刑を言い渡しました。B同年3月3日、日本共産党の機関紙赤旗の号外を配布した社会保険庁の職員が、公務員の政治的活動を禁止した国家公務員法102条に違反するとして逮捕、起訴され、東京地裁で裁判が係属中です。C同年12月23日、東京都葛飾区で日本共産党の「都議会報告」、「区議団だより」などをマンションに配付していた男性が、住人の通報により駆けつけた警察官に逮捕されました。男性は、日中の静かにマンションの共有部分の廊下を歩き、ドアポストにビラを配付していただけです。やめるよう求めた住人に対しても「入れてほしくないなら入れません」と応対したとされています。にもかかわらず、男性は、20日間近くの勾留の末、起訴されました。こちらの事件も東京地裁で裁判が始まろうとしています。

3.このサイトをご覧のみなさんの多くは、法律家をめざして日々勉学に励んでおられることでしょう。こうした事態を、どう思われますか?@の事件の第1審、東京地裁八王子支部の判決が、2004年12月16日に下されています。被告人全員無罪の判決でした。「第1審」ということは、検察側が控訴したということです。判決理由の「結論」は、次のように述べています。
 「被告人らによるビラの投函自体は、憲法21条1項の保障する政治的表現活動の一様態であり、民主主義社会の根幹を成すものとして、…商業的宣伝ビラの投函に比して、いわゆる優越的地位が認められている。……被告人らが立川宿舎に立ち入った行為は、法秩序全体の見地からして、刑事罰に処するに値する程度の違法性があるものとは認められない」。
憲法学のなかで定着している「表現の自由の優越的地位」の理論に照らしても、また市民常識から判断しても当然と思われるこの判決を、検察が不服として控訴する。これが、今の日本の司法の悲しいかな現実です。

4.こうした事態が生まれてくるのは、何か大きな磁力が働いているように思われます。では、その磁場とは何か。それは、日本の社会・国家が大きな構造変動期にあることではないでしょうか。政府は、憲法9条に違反してイラクに自衛隊を派遣しています。東京都は、国旗・国歌法の制定時には「強制はしない」という政府答弁が繰り返されたにもかかわらず、教育現場に日の丸掲揚・君が代斉唱を義務づけ、これに従わない教員を処分しました。また、国も地方も、年金や医療などでの公的サービスを削減して、実施主体を民間に委ねる方向をとっています。中高一貫校の導入、学校選択の拡大などによって教育のいっそうの階層化が進められようとしています。こうした動きに対する人々の不安や不満がうずまき、その思いがつながりあっていくことへの危機意識が、警察や検察の不当な権力行使を増大させていると見るのは杞憂でしょうか。

5.時あたかも、改憲論がにぎやかです。その論点はいろいろありますが、ここでは一つだけ、「国民の憲法尊重擁護義務」の導入論を取りあげてみましょう。2004年11月17日、自民党憲法調査会の下の「憲法改正案起草委員会」が、「憲法改正草案大綱(たたき台)」を公表しました。参議院自民党の反発などもあり、「白紙撤回」されたことになっていますが、自民党内の改憲案づくりは、これを土台にして進むでしょう。この「たたき台」は、日本国憲法の12条を引き合いに出して、「公務員の憲法尊重擁護『義務』」とは別に「国民の憲法尊重擁護『責務』」を定めるとしています。「現憲法でも規定しているのだから…」と言わんばかりの理由です。しかし、現在の12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない…(以下略)」と定めています。その趣旨は、国民は、憲法が保障している自由や権利を放っておくのではなく、それらを行使することを通じて、その共同の力で、国家権力が憲法を守るよう監視し統制しようということです。こうした国民の責務は、国家に対するものではなく、自たち自身に対するものなのです。市民の日常的な「表現の自由」の行使は、こうした12条の趣旨を実現する上で、もっとも大切なものといえるでしょう。

6.司法改革についても一言。希望に燃えて司法の門をたたこうというみなさんへ。現在の司法は、このように、政治家の汚職のような国家権力の不正を取り締まるよりも、市民の社会的活動を統制し抑圧することに熱心なようです。このような状況を変革することこそ、ほんらいの司法の改革であったはずですが、今進行中のものは、不十分であったり、変革をかえって妨げる危険性のあるものが多く見られます。たとえば、「重大事件」のみを対象として導入される「裁判員制度」は、今回とりあげた事件のどれにも用いられません。市民のまっとうな人権感覚をこうした裁判の場で実現するには、それを自らのうちに培った法律家、すなわち将来のみなさんの役割が決して小さくないのです。

7.最後に、ところで、この小文の標題から何も連想しなかった方へ。ぜひとも次の本を手にとって「表現の自由」の意義を学びとって下さい。奥平康弘『なぜ「表現の自由」か』(東京大学出版会・1988年)

◆小沢隆一(おざわりゅういち)さんのプロフィール

1959年生まれ。一橋大学法学部卒、現在、静岡大学人文学教授、専攻・憲法学。    
著書 『予算議決権の研究』(弘文堂、1995年)、『歴史のなかの日本国憲法』(共著、地歴社、1996年)、『現代日本の法』(法律文化社、2000年)、『ほんとうに憲法「改正」していいのか?』(学習の友社、2002年)、『はじめて学ぶ日本国憲法』(大月書店、近刊)他。


 
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