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今週の一言

 

イラク人と友だちになろう!

2004年12月27日
PEACE ON 相澤恭行さん

(聞き手)
 今日は、自衛隊のイラク派遣延長という最近の状況もふまえて、イラクへの支援などに取り組まれているPEACE ONの代表、相澤恭行さんにお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。それでは、まずPEACE ONの設立経緯や、どのような活動をなさっているのか、そのあたりから教えていただけないでしょうか?

(相澤さん)
 私が、初めてイラクに行ったのは2003年2月です。9/11以降、アメリカの「戦争中毒」が世界に広がってゆくような空気を感じるなか、現地で爆弾を落とされる人たちの気持ちを知りたくて、とにかく現地へ行ってみようと思いました。戦争を止める目的で集まっていた「人間の盾」に参加し、結果として戦争を防ぐことはできませんでしたが、死の現実を目の当たりにして衝撃を受けました。そして、「人間の盾」でガイド役をやってくれていたイラク人と、もっとお互いのことを知るために何か一緒にやろうという話になり、2003年10月にイラク人スタッフと立ち上げたのがPEACE ONです。

(聞き手)
 相澤さんご自身が、イラクや中東の問題に個人的に関心をもたれたのは、いつ頃、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

(相澤さん)
 私は、現在33歳ですが、音楽活動に没頭していた20代前半、社会的問題にメッセージを発するような音楽に触れ、環境問題に関心をもちました。そして、戦争は、最大の環境破壊であると気づいた20代中盤ころから世界中を旅しはじめ、アイルランド留学などを経験し、世界中の人たちと交流するなかで、問題意識が芽生えたように思います。しかし、20代は、もっともっと勉強しなくてはと思ったものの、具体的に何ができるのかはわからないままでした。そして、9/11の事件があり……。ここで何か行動しなければと強烈に思いました。私たちの周りには、あまりにも多くの情報にあふれているのに、私自身、体験を通じた知識がなさすぎたのです。五感を通して世界を知りたいと思いました。

(聞き手)
 それで現在のイラクへとつながるのですね。ところで、イラクの状況については、マスメディアを通じて報道されることもありますが、人々の実際の生活の様子といったものはなかなか伝わってきません。相澤さんは、何度もイラクへ行かれて、まさにそういう現場を目の当たりにしてこられていると思うのですが、相澤さんが見たイラクの状況を教えてください。

(相澤さん)
 これまで、イラクには6回入っています。戦前、戦中、そしてバグダッド陥落後。戦争中であっても、現地の人々には日常があり、その日常のなかで、突発的に何かが起こる。それが現実です。当初は、暫定政権ができることについて、傀儡だとわかっていても、今よりはましだろうという期待感がありました。しかし、彼らの生活状況は、どんどん悪化しています。
 たとえば、バグダッドのライフラインは、水についてはあまり問題ありません。地域差はあるものの、ホテルではお湯も出ます。しかし、とにかく電気が悪くて、3by3といわれていた頃から比べれば、今は1日に1時間か2時間くらいしか電気がつきません。理由は色々あり、輸入品が急激に入ってくるようになって電気の使用量が増えた、発電所の部品を確保するのが困難で、供給が需要に追いつかないからだなどといわれています。お金をもっている人たちは、ジェネレーターなどを購入して自家発電で凌いでいますが、貧しい人たちは、近所から電気を引っ張ってきたり、近所同士で共有したり。電気が通らないと非常に厳しい状況に陥ります。とくに冬は、昼、夜で寒暖の差が激しいですからね。
 食料に関しては、暫定政府による配給が現在も引き続き行われています。基本的に餓死することはありませんが、それだけではもちろん十分な栄養がとれないので、貧しい家庭では栄養失調なども生じているようです。そういう現実的な問題やそれに治安悪化の問題もあって、当初はアメリカがサダムを倒したことを歓迎していた人々も、いまはジレンマに陥っています。

(聞き手)
 日本や日本人に対するイラクの人々のイメージはどういったものでしょうか?

(相澤さん)
 もともと中東の人たち、とくにアラブの人たちは、どうしてこんなに日本人びいきなのだろうと思うほど、日本人によいイメージをもっていました。ひとつには、教育による効果が大きいと思います。広島、長崎に原子爆弾を落とされ、アメリカの被害者だった日本が高度経済成長を遂げたという歴史や、日本のテクノロジーに対する憧れからくるものです。もうひとつは、70年代から80年代にかけて、イラク国内のインフラ整備が行われたのですが、そこでは多くを日本企業が請け負っていまして、そこで直接ふれあった日本人の仕事の姿勢をとても高く評価しているという経緯もあります。年配の方にお会いすると、今でも、どこどこの商社の誰々によくしてもらったというような話を聞きます。駐留している自衛隊についても、日本の企業を誘致するためのつなぎと思っている人もいるようです。
 しかし、ここ最近は、自衛隊に対するイメージはやはり変わりました。今まで日本とイラクは単独でよい関係を築いていたのだし、単独に日本だけで来れば歓迎するのに、なぜアメリカと一緒に来るのだということを、何人ものイラク人にいわれました。当初は、日本の自衛隊は他の国の占領軍とは違うだろうとみている人もいましたが、8月に入って、みんなの意見はずいぶん変わってきたと感じます。医療面での期待、技術を伝えてほしいという要望が強かったものの、実際に自衛隊が何をしているのか、その活動実態が見えないということで不満が高まってきていることは事実です。
 ただ、自衛隊の存在によって、日本に対する印象が激変したとは思いません。人質事件が報道されたことで、高遠さんたちのような日本の市民の姿が伝わり、悪化した日本への感情がまた緩和された面もあるからです。彼ら自身の、サダム政権下における経験からも、市民と政府の意思が必ずしも一致していないことを、彼らはわかっています。
 そうはいっても、香田さんの件も含めて、日本に敵対心を抱くイラク人がいるのも確かです。日本人は、自分たちの家族を殺すアメリカ人の味方、つまり敵の味方だとしか思わない人もいます。戦争の民営化というべき状況も手伝って、入ってくる人たちの区別がつかず、スパイと勘違いされることもあります。結局、自衛隊派遣は、私たちのようなNGOが現地で活動することを、むしろ危険にしたという側面が非常に強いのです。
 つまり、自衛隊という武装組織が行くことによって、もともと安全だった場所も危険な場所になってしまうのです。私たちの活動が自衛隊といっしょくたに見られてしまい、やりにくくなったこともあります。
 たとえば、今までだったら支援物資を、JAPANとかPEACE ONというパッケージをつけて、車にもステッカーを貼ったりしていましたが、今はそういうことをすること自体が危険なのでできなくなってしまいました。日本にネガティブなイメージがつきまとうからです。それはまた、イラク人の協力者の身をも危険にさらします。以前は何事もなかったのに、今は、「ここを通過するときは車の中で隠れていて」といわれるようになりました。

(聞き手)
 なるほど。政府と国民とを同一視しないという視点はとても重要ですね。もともと、日本国憲法の前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分があるのですが、相澤さんたちの取り組みは、まさに政府ではない市民としての立場で、国境を越えてイラクの人たちとの信頼関係を構築していこうとするものと評価することができると思います。他方で、いまのお話ですと、最近はそうした取り組みが政府の一連の政策のためもあって制約されてきているということだと思うのですが、それとの関連で、NGOの立場からイラクへの自衛隊派遣についてはどう思われますか?

(相澤さん)
 自衛隊派遣延長は賛成できません。まず、本気で相手の国の人たちと信頼関係を築こうとするのであれば、武装しない、つまり丸腰で行くということが大前提だと思います。なぜなら、同じ立場でやっていく必要があるからです。危険も、現地の住民と共有すべきです。そのなかで信頼関係が培われてゆき、永続的なものになるのですから。現在の政府の姿勢では、やはりイラクの人たちは占領軍の一部だとしかみなさないと思います。

(聞き手)
 現地に入っていくNGOの方はみなさん、武器を携帯しないで、むしろ現地で信頼関係を築いて、危険についても現地の人たちと一緒に行動すべきだということを強調されていますね。そして、「人道復興」なのであれば、ミリタリーの発想ではない人たちが関与する方がベターだという気もします。さて、それでは、今後の活動予定について教えてください。

(相澤さん)
 イラクというと、何かと思想的な対立が強調されがちですが、そこに住む彼らの願いは、平和で安全な暮らしがしたいということです。イラク人の友人は、アルジャジーラなどでさえ、イラクは危険だ、野蛮だということしか強調されず、悲しいといっていました。イラク人は、基本的にとても明るく陽気で、人をもてなすのがものすごく好きな人たちです。彼らのこういう素顔がみえる日常を、私たちはもっと伝えたい、そしてイラクの文化、芸術なども紹介していきたいと考えています。
 また、現地では、障害者福祉施設のバスの提供などを必要な限りやっていきたいと考えています。現状では、具体的な見通しがなかなか立てられませんが、長期的には、いままでの文化交流などに加えて、フェアトレードなども考えています。色々なレベルで、現地の人たちとつながりをもてるようなものを形にしてゆきたいです。

(聞き手)
 様々な構想をおもちのようですが、そうした相澤さんの活動を支えているものというのは何でしょうか?

(相澤さん)
 国際交流には様々なカテゴリーがありますが、簡単にいえば友だちになろうということに尽きます。マザー・テレサの言葉に、「愛の反対は無関心」という言葉がありますが、まさにその通りで、戦争や信じられないほどの経済格差が放置されている最大の原因は、無関心だと思うのです。私たちは、知らない間に加害者、共犯者になっています。その国に友だちができれば、どうしても無関心ではいられないはずです。
 「人間の盾」として活動していたとき、その効果については自分自身でも疑問があったし、批判もされました。しかし、イラク人の友人は、「効果ではない。あのとき一緒にいてくれたことが大切なのだ」といってくれました。アラブには、「困ったときに一緒に寄り添う人こそ友だち」という諺があるのです。
 「人間の盾」をやっているときに、実はとてもドラマチックな出来事がありました。CIAのスパイなどが入ることを防ぐためにガイド兼監視役を務めていたイラク人が、同じ「人間の盾」に参加していたフランス人の女性に恋をしたのです。彼は英語を話せましたが、うまく文字にはできなかったので、私は、彼女にあてるラブレターの代筆を頼まれました。夜中の2時頃まで、2人で閉じこもってパソコンに向かいました。私たちは、爆撃の音を聞きながら、この戦争が終わったら遠くの国で結婚しようなどという言葉を綴りました。彼のラブレターは情熱的で、純粋で、とても心を打たれました。彼は次の日、そのラブレターを彼女に渡し、良い返事をもらいました。それ以来彼は、私のどんな頼みごとも"OK, my friend"と快く引き受けてくれました(笑)。結局その後、彼はPEACE ONの事務局となり、いまも一緒に取り組みをすすめています。
 彼は、「何ものも僕たちの愛を止められなかった」と、戦時下で芽生えた恋を育み、今年の5月末に2人は結婚しました。私にとっても一番の思い出です。イラクというと殺し合いという悲しいニュースばかりですが、そういうニュースもあるのです。そして、それがあるから今の活動があると私は思っています。

(聞き手)
 一方で、日本国内では、「人間の盾」についての批判もそうでしたが、自己責任論などという批判が集中した時期もありました。この点については、どのように思われますか?

(相澤さん)
 確かに、こういう状況でイラクへ行くというのは、危険であることには間違いないので、慎重な判断が必要ですし、批判されて当然な面もあるとは思います。その意味で、自己責任論というのは、私自身は真摯に受け止めます。しかし、同時に、こういった状況を作り出したことに対するそもそもの批判が全くないところで、弱い個人にばかり批判が集中してしまうことはおかしいと思っています。さきほどお話にあった信頼関係を国境を越えて構築しようという取り組みが、まさに政府のために困難になっているという現実も直視する必要があると思います。

(聞き手)
 最後に、日本政府に対して何か要望はありますか?

(相澤さん)
 日本は、イラク戦争に対しても、基地の問題や金銭面において、大切なキーを握っています。政府のとった選択の結果については、最終的には、現政権を支えている我々にも問われるべき責任があります。目に見えないつながりをたどっていくと、自分の責任でもある。そういうことを現地にいる人たちは感じているのです。
 派遣延長については、それが長期的にどれだけのリスクを負うことになるのかと考えれば、やめるべきでした。緊迫した状況が続いていますが、今までの日本の平和憲法の理念を具体的行動で示すべき時です。武装してようが非武装でいようが、絶対的な安全というものはなく、相対的なものでしかありません。どちらの方がコストとリスクが少ないかと考えれば、憲法の理念も生きてゆくと思います。非武装の民間人だからこそできることはたくさんあります。実際、私たちが、米軍監視下で、イラク人立ち入り禁止の地域にあるイラク人の遺体を引き取るために米兵と交渉するときなどは、丸腰を強調します。武器は武器を呼びますので、武器の近くにいると危ないと感じます。自衛隊に任せなさいという民間人を排除するようなやり方を、根本から考え直してほしいです。

(聞き手)
 私は、イラクには行ったことがないのですが、2003年にアフガニスタンに行って、NGOや国連機関の方とお話をする機会があったのですが、そこでも幅広い市民がどのようにしてお互いの信頼関係を構築していくことができるのかが、とても重要だと感じました。国境を越えてこうして信頼関係を築いていくことができれば、それは結局、日本の安全保障にとっても非常に有益なことだと思われます。今日のお話は、私自身、そうしたことを改めて考えるきっかけになりました。本当にお忙しいなか、どうもありがとうございました。

◆PEACE ONのプロフィール

代表、相澤恭行氏。国境や民族、宗教、人種、政治、思想、心情、性別、言語などのあらゆる差異にとらわれることなく、平和的手段で国際協力活動を行う特定非営利活動法人。
これまでに、数々の病院に対して抗がん剤や医療機器を支援、盲学校にスクールバス支援や備品の寄贈を行うなど、数々の現地支援で実績を挙げているほか、イラクと日本の子どもたちの絵の交換による文化交流なども積極的に進めている。イラクにも現地事務所を開設している。
ホームページ:http://npopeaceon.org



 
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