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今週の一言

 

自分を偽らずに生徒と向き合わずして「教育」はできない!
〜「君が代」不起立で解雇され裁判中

2004年10月4日
前川鎮男さん(前 東京都立小岩高等学校教員)
聞き手 事務局

――37年間都立高校の教員をされ、今年3月の卒業式における「国歌斉唱」の際に起立しなかったために解雇処分を受け、現在この解雇の無効裁判を起こしておられる前川鎮男先生にお話を伺います。今年の卒業式は今までとはかなりようすが違っていたようですね。
(前川)はい。昨年までは生徒が中心となって各学校ごとに特色のある、卒業生を主人公とする卒業式を企画し、それが職員会議で承認されて実施されていました。これは、「自主・自律」の精神を育てるという教育方針の実践でもありました。
 「君が代」も、司会者が「内心の自由がありますから、立つかどうか、歌うかどうかは自由です」とアナウンスしていました。確かに1999年に国旗国歌法が成立しましたが、時の政府は、思想・良心の自由を保障している憲法に配慮して、「強制しない」という見解をとっていたのです。
 しかし、今年の卒業式はどの高校も教育委員会が定めた事細かなマニュアルどおりに行われました。生徒の自主性が認められたのは、「式歌」を何にするかぐらいでした。
 
――今年はどうして急に変わったのですか。
(前川)昨年東京都教育委員会が、卒業式・入学式など学校行事での国旗掲示・国歌斉唱にかかわるいわゆる「10.23通達」を出したからです。それにより、教職員が壇上に掲げられた「日の丸」に向かって起立して「君が代」を斉唱することなどを職務命令として強制してきたのです。職務命令は、37年間の教師生活で初めてのことでした。

――解雇に至る経緯はどんなだったのでしょうか。
(前川)私は昨年定年を迎えました。それからは建て前として1年ごとに契約更新する再雇用職員として勤務していました。そして、「この1年間の勤務成績が良好」として今年度の再雇用の合格の通知を受けていました。しかし、国歌斉唱の時に起立しなかったという理由で、合格決定が取り消されました。新学期が始まる2日前の3月30日のことです。従来は希望すれば65歳までは契約更新されてきましたので、実質は解雇です。

――起立なさらなかった理由をお聞かせいただけますか。
(前川)一つは、「教育に強制は許されない」ということです。教師に強制するというのは、教師にロボットになれということです。教師に自由や主体性が保障されてこそ生徒が持っている可能性や能力を引き出せるのです。これは近代教育の原点です。教師をロボットにすることによって生徒をロボットにして国のための教育をするというのは、私たちがこれまで行ってきた、一人ひとりの人間のための教育とはまったく違うものです。今までたくさんの生徒に出会ってきましたが、一人として同じ生徒はいませんでした。したがって、一人ひとりとどう接するか、どう話をするか、とても難しくて悩みます。しかし、そこを乗り越えると教師自身も自分の可能性や成長を感じ、教師のすばらしさ、面白さを感じることができます。人間にとって一番大事なことは自分の可能性を切り開き夢を達成することですが、そのことが同時に他人の役に立ってはじめて、本当に自分の幸せとしても意味を持ってくるのだと思います。今回のような強制は、そういう教育とは相いれないものです。

――二つ目はなんでしょうか。
(前川)今日の学校現場は管理が強まり、これまであった自由でのびのびした都立高校の校風がなくなりつつあります。そこに「10.23通達」が出されて多くの教師が悩み、苦しみました。「強制でピアノは弾けない」「生活がかかっている」「式を混乱させられない」と。私は、このように悩み苦しんでいる同僚や後輩の教師の代わりに勇気を持って座ることによって、先輩教師から学び育てられてきたことを受け継ぎたいと思ったからです。実際、「前川先生はわれわれの代表として座り、代表として処分された。これから先私にできることがあったら何でも言って下さい」と言われました。

――日の丸・君が代自体についてはどうお考えでしょうか。
(前川)それらを国旗・国歌にする話は、戦前に果たしてきた役割やアジアの人々の思いを考えると賛成できません。法制化されたとはいえ、本当に国旗・国歌としてふさわしいと国民が合意して決めたものでもありません。学校教育や、オリンピック、相撲などのスポーツイベントを通してそう思いこまされてきたにすぎません。

――今回起立しないことによって何かを生徒に伝えたいというお気持ちがあったのでしょうか。
(前川)伝えたいというより、私自身、教師としてそうするしかなかったのです。自分の心の中ではこう思っているのに自分を偽って生徒の前ではそれと違う行動を取るというのは、教師としてふさわしくないと思うからです。悩んだのは、生徒たちと会えなくなることです。1年間、1年生の2クラスと3年生の公務員志望クラスの授業を受け持ちましたが、いずれも楽しく、生徒たちも61歳の「爺ちゃん先生」との出会いを心から喜んでくれました。だから、私はそれを「小岩の奇跡」と呼んでいます。そんなすばらしい生徒たちと一緒にいることができなくなると思うと辛かったです。

――自分を偽って行動しているということは生徒には分かるものなのでしょうか。
(前川)それは生徒に分かります。自分を偽らないということが教師にとって一番大事なことであり、問われていると思います。生徒は大人が言うことを見極める鋭さを持っており、鋭敏に読み取ります。「ごまかしてるな」ということでは、信頼関係は生まれません。

――教育するということは大変なことですね。
(前川)私も若い頃は、上から見下ろすような気持ちがあったと思います。そういう中では、生徒が私に心を開くということはなかったです。私が心がけているのは人と人との関係では同じだということです。「教育」とは、「教え育てる」のではなく、「共育」すなわち「共に育つ」ことだと感じています。一緒に学んでいくのです。だから初めは生徒になめられることがあります。なめられても、「共に育つ」という環境を作っていけば、生徒は「先生」と言ってくるように変わります。

――解雇処分を受けて、周りの方々の反応はいかがでしょうか。
(前川)今年度の始め、クラス替えの前に教えていたクラスに行き、私がもう来れなくなった経緯を話しました。そうしたら、40人の生徒たち全員が1年間の想いを切々と記したメッセージを書いて渡してくれました。泣いている子どもたちも何人かいました。
 解雇以来、いろいろな集会に呼ばれて話していますが、どこでも「大変ですね」「おかしいですよね」「がんばって下さい」と多くの方々から理解と支援の言葉をもらいます。とてもありがたいと思っています。
 一方では、「前川先生がそんな人とは知らなかった」と言われました。政府のやり方に文句をいう人とは一緒に付き合えないという、戦前の隣組と同じようなニュアンスでした。「国があって個人がある」という考え方に通ずるものを感じます。

――今後のことはどのように考えておられますか。
(前川)「このような暴挙は許せない」「もう一度教室に戻りたい」と裁判所に提訴し、闘っています。論理では負けていませんが、今日の司法の状況を考えると、長く激しいものになるでしょう。それ故、多くの人々に私たちのことを知っていただけるよう努力します。

インタビューを終えて

「教師は私の天分」とおっしゃる前川先生は、とてもお元気な先生です。教師は大変すばらしい職業であることを是非みなさんにお伝えしたいと話しておられました。上記以外にも、生きる力は豊かな自然とやさしい人間関係という日常生活のなかで育つこと、教育を取りまく環境の変化のことなど、いろいろヴィヴィッドに話していただきました。「もう一度生徒の待つ教室に帰りたい!」というのが先生の願いです。

(事務局)


◆前川鎮男さんのプロフィール

1942年生まれ。三重県で育つ。1967年から都立高等学校教諭。2003年3月定年退職。同年4月から再雇用職員として都立小岩高等学校に勤務し、2004年3月30日再雇用合格決定取り消し。6月17日、解雇された9人全員で東京地方裁判所に解雇無効裁判を提起し、現在裁判中。




 

 
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