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今週の一言

 

ピースボートで世界の人々と交流する!

2004年6月14日
吉岡達也さん(ピースボート共同代表)

(聞き手)                             
今日は、お忙しいところ、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。それでは早速ですが、まずピースボートの設立経緯や趣旨について教えてください。

(吉岡達也さん)
ピースボートは、1983年に設立されました。きっかけは、前年に起こった「教科書問題」です。教科書検定の際に、日本がアジアへ侵略したことを「進出」と書き換えたことに対して、アジアの人たちが激しく抗議し、国際問題にまで発展しました。ピースボートは、日本人がアジアで何をしてきたのか、実際に現地へ行って自分たちの目で事実を確かめようと考えたのが出発点でした。私自身は、大学に入って日本の過去の歴史認識について疑問をもつようになり、歴史の共通認識をアジアでもつことはとても重要だと思うようになりました。実際に外国を訪問して、その国の人とコミュニケーションをとることは、そのための方法論のひとつだと考えたのです。

(聞き手)
ピースボートの活動を通して、どんなことを考えましたか?

(吉岡達也さん)

「あのとき目にしたその光景は、今でも忘れられません」

東西冷戦の時代、私たちは、お互いに違う価値観をもつとされるなかで、相手のことがよくわからないまま対立していました。当時の対象は、ソ連でしたね。ソ連には、本当に悪い人たちが住んでいるのか? 中国は? ヴェトナムは? ピースボートとして活動するうちに、市民レベルで東西の壁を越えるということの重要性を、さらに確信していきました。
そして、世界を訪問するなかで直面せざるをえなかった問題が、いわゆる南北問題でした。貧富の差の拡大、世界のアンバランス。たとえば、フィリピンではある時期、日本人による売春観光と結婚観光がはやっていました。結婚式をあげた若い日本人カップルが、橋の上から札束をまき、その下でストリートチルドレンが競い合ってとるのを笑いながら見ている……。あのとき目にしたその光景は、今でも忘れられません。

(聞き手)
平和を創る方法論としての「対話」という発想について、詳しくお聞かせください。

(吉岡達也さん)
平和を創ってゆこうと思ったときに、人間にとって一番必要なのは想像力だと思います。他の人の状況を想像する力。しかしそれは、家にいてテレビを観ていてつくかというと、それは絶対につかない。人間、頭でわかっているつもりでも、偏見にとらわれるものなんですね。実際に会って話しをするということに意味がある。たとえば、北朝鮮に行って話しをしたとき、今でも彼の顔が浮かぶのですが、彼の着ていたTシャツは、端の方がぼろぼろになっていました。なんだかんだいっても、生活状況は厳しい。そういうことが、現地で実際に会って話をするその過程で、見えてくるわけです。先程の想像力という点からいえば、その国に一人友達ができるということで、圧倒的に想像力が働くようになります。だから政府は、絶対に市民レベルの直接交流を絶ってはいけない。現地に行くということを阻害した瞬間、想像力が働かなくなってしまうからです。

(聞き手)
日本政府は、市民にはできないことをするという「人道支援」目的で、イラクに自衛隊を送りましたが……?

(吉岡達也さん)
丸腰の市民では危ないから自衛隊に行かせるというのは、決定的な論理矛盾を含んでいます。それは、自衛隊の人たちはみないい人だという前提に立っていますよね。個々に自衛隊の人がいい人だとしても、たとえば、アメリカ軍の虐待事件にも明らかなように、武器をもっている人間は、もっていない人間に対して絶対的な立場にたつことが往々にしてあるのです。

(聞き手)
しかし、それでは危険地域でどのようにして身を守ればよいとお考えでしょう?


(吉岡達也さん)
「人道復興支援」が目的なのに、武器をもってゆくというのはありえません。私は、現地の人に守ってもらうのが最善の策だと思います。実は、先日までアンマンにいたのですが、ファルージャにいる友だち(50代半ばの女医)が、せっかくアンマンに来ているのならファルージャまで来いと言ってきたのです。時期が時期でしたし、「ピースボートとして行けない」と言うと、「私が全部手配する。国境まで知り合いたちに来てもらって守るから大丈夫」と言うのです。それを聞いて、なるほどと思いました。本来、人道復興支援であるのなら、現地の受け入れがあってしかるべきなのですね。たとえば物取りにあったとしても、イラク人が同じイラク人に、「この人たちはイラクのために武器をもたずに働いてくれている人たちなんだ」と言うことで、違ってくるはずです。

(聞き手)
では、平和のとらえかたについて、とくに吉岡さんがこだわっている点についてお聞かせください。

(吉岡達也さん)
日本は、広島と長崎に原爆を落とされ、たくさんの人が苦しみ、死にました。現在もその被害は続いています。しかし、あの戦争について語るとき、広島・長崎からの視点だけではだめなんですね。フィリピンのおばあさんが、こんなことを言っていました。「若いとき、広島に原爆が落ちたと知ったときは、本当に喜んだ。でもいま、広島に来て、あのとき喜んだ自分を恥じています」と。自分たちが「加害者」であったことを忘れて、被害のことだけを言っても、説得力をもちません。そういう想いから、ピースボートは、加害者性に重点をおいています。
そして、世界をまわるなかで、日本国憲法9条の重要性を、外国の人によって教えられることもありました。スペインのカナリア諸島にあるテルデ市の市長さんは、広島・長崎に来て、憲法9条の存在を知り、感動して、市内に憲法9条の碑や広島・長崎広場をつくりました。文化も言葉も全く違う人間にも、憲法9条を誇りに思う人がいる。そのことに大変勇気づけられました。彼らは、日本が9条をもつことの重要性を、次の2つに見出しています。一つは、経済大国の憲法であるということ。二つめは、半世紀以上も憲法として存在してきたという事実です。もはや、9条は、日本においてだけの役割を越え、世界にとってみても、平和的創造を喚起する役割を果たしていると思うのです。
さらに、日本がおかれている国際状況からいっても、9条は重要な役割を果たしています。北東アジア紛争予防会議で、ピースボートとともにイニシエーターをつとめた韓国の平和を創る女性の会の人に、日本にしばしばみられる、「軍隊を持てないのは異常なこと、ふつうの国になりたい」という意見を紹介したところ、「日本が『ふつうの国』だったときに何をしたのかということをわかってほしい」、「9条は日本の問題ではなく、アジア地域すべてが関わっていることをわかってください」、「『ふつうの国』の延長線上にあったのがあの戦争です。9条があることで周辺国は、日本を市民レベルにおいても信頼してきたのです」という意見が返されました。つまり、9条は、単に日本の憲法条項であるという意味にとどまらず、過去に日本が侵略してきた周辺国との信頼醸造のメカニズムとしても機能してきたということがいえるのではないでしょうか。自分たちはあのような戦争を二度と起こさないという保障をどこでするのか。ドイツには、EUという枠組みができた。日本にはそれに匹敵する地域的枠組みはまだない。そういう視点で、「憲法を守る」という意味を、もう一度考える必要があります。
さらに、戦後日本が遂げた驚異的な戦後復興を可能にした要素の一つとして、憲法9条をあげることもできます。このことは、他の国の人たちがとくに知りたがっていることでもあります。9条は、それ自体が普遍的な価値をもっているのではないかと思います。

(聞き手)
イラクの人たちは、日本をどう見ているのでしょうか?

(吉岡達也さん)
レバノン人であるアルジャジーラの記者に、「日本はなんで、たかが500、600人くらいの自衛隊を送りたいのか?」と聞かれました。彼は言います。「アメリカのプレッシャーがあるのはよくわかる。でも、日本には9条があるじゃないか。なんで9条を言い訳に使わないのだ? 9条を盾に、アメリカのプレッシャーから逃れていけばよいのに」。イラクの人たちの多くは、歴史的にみて日本は自衛隊をもつ必要があったと認めています。ただ、いまイラクに送る必要はなかったのではないか。そのことを疑問に感じているのです。イラクの人たちの日本に対する反応は、今日、変わってきています。つまり、日本は本当にアメリカの仲間なのか? 日本はこれからどのような道を進んでゆくのか、アラブの人たちを含めたイスラム社会の人たちは見ていると感じます。

(聞き手)
ずばり、9条の今日的意義についてはどうお考えですか?

(吉岡達也さん)
憲法9条は、よりプラグマティックに使うことができると思います。先にも触れましたが、日本は戦後、侵略や武力によってではなく、豊かな国を築くことができました。日本人は、そのことにもっと誇りをもつべきです。人類の進むべき方向性としての9条、シンボルとしての9条……。国益ばかりが叫ばれる昨今ですが、国益優先によって人益が失われることが多々あるということに気づいたならば、9条のもつ深い意味にも気づくはずです。いずれにせよ、9条は、人類の向かうべき指標として、人類史的に意味があると思います。

(聞き手)
ありがとうございました。

◆吉岡達也(Tatuya YOSHIOKA)さんのプロフィール

 ピースボート共同代表。大阪生まれ。ピースボート創立メンバーの一人。世界各地の紛争地を訪問しながら、人道援助活動を展開。また、ニカラグア内戦や旧ユーゴ内戦を取材した経験をもつ。最近では、北朝鮮、パレスチナ、アフガニスタンなどを訪問し、今年3月初旬にはバクダットを視察したばかり。劣化ウラン弾の被害調査や難民支援調査を行ってきた。
 ピースボートは、「みんなが主役で船を出す」を合言葉に、毎年世界各地を訪れる「国際交流の船旅」を企画・運営しているNGO。1983年設立。この間、30回以上のクルーズを企画し、のべ15000人以上が参加している。

ピースボートのURL: http://www.peaceboat.org/



 

 
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