法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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毎週、客員研究員や各界からのエッセイ・インタビューを掲載します。
 

法の視点から「いま」を診る

2004年5月24日
水島朝穂さん(早稲田大学教授)

▼リーガルマインドを失いかけている日本

 みなさんは、「段取り」「手続き」という言葉を聞いて、どのようなイメージをもたれるでしょうか? 最近はいたるところで、手続軽視、トップダウンの突出による意思形成という傾向がみられます。情報が、これだけ大量かつ速いスピードで流通している現在の社会においても、決定事項は、どこかの密室内で決められている。このような状況に違和感を覚えないで、迅速なトップダウン方式のどこが悪いのか? と思った人は、法的な世界には向いていないかもしれません。
 それでは、「段取り」や「手続き」にどのような意味があるのでしょうか。それらは、権力を有する人が、民主的な過程にのせて政策を決定するように考え出された知恵です。また、どのような「段取り」や「手続き」をもってしても踏み込んではいけない領域をあらかじめ文書の形で決めておく。これが、憲法の人権条項です。こういうことが歴史的な到達点として、法的世界では踏まえられているのです。最近では、このような議論するための作法ともいうべき前提が、崩れてしまっているような気がします。
 
▼市民のモラルが揺らいでいる今だからこそ

 民主制の過程において必要不可欠なのが、選挙権です。選挙の原則には、普通・直接・平等・自由(任意)・秘密という5つがあります。そのなかで、秘密選挙とは、誰に投票したかを知られないことをいい、匿名で投票することがとても重要な意味をもっています。しかし現在では、選挙とは別の場面で、とくにネットの世界において、「匿名の暴力」がしばしばみられるようになりました。名前を明かさないことによって、一方的に言いたい放題の言葉を平気で投げかける人たちが増えているのです。この問題は、だからといって、ただちに規制につながるわけではありませんが、市民のモラルが揺らいでいるということを示すよい例だと思います。
 市民のモラル低下を表す現象は、いたるところでみられます。たとえば、「信義則」という法律概念を学ぶ際にも、なぜそのような概念が成り立つのかを学び直さなければならない。ちょっと大げさかもしれませんが、「なぜ人を殺してはいけないのか?」という質問に窮する専門家の様子をみたことがあります。こんなことでさえ、あらかじめ説明しなくてはならないのが現状です。「人間の尊厳を侵してはならない」。この言葉の裏には、第二次世界大戦中に行われた残酷な虐殺の経験があります。しかし、この言葉のもつ意味を、その歴史的背景にまでさかのぼって積極的に問いかけることをしてこなかった、その最大のツケが、今になって、モラル低下という形であらわれているのではないでしょうか。憲法や法律を学ぶ前に、途方もないエネルギーを必要とするこれらの作業を、今からでも私たちは、はじめなければなりません。

▼憲法と現実のきしみへのまなざし

 よく「憲法を暮らしのなかに」というスローガンを耳にします。それ自体は美しい言葉ですが、現実はそんなに単純な話ではありません。憲法は、生きた人間の生活を円滑にしてくれるための重要な道具です。しかし、「憲法はみんなが守る大切な決まり」というのは重大な間違いで、憲法とは、「特定の人(権力担当者)に守らせるべきもの」なのです。その根底にあるのは、国家権力を握った人たちが必ずしも善人なわけではないという、権力執行者を猜疑の心でチェックすべきという精神です。つまり、憲法とは、国家権力を拘束する規範であり、その憲法の原点を忘れてしまっている議論が、非常に多くみられるのがとても気になります。
 たとえば、読売新聞の改憲試案が「完成」しましたが、そこでは見事に、「憲法をみんなに守らせる」という逆転した発想に立っています。日本最大の部数を誇る読売新聞が、その社説で、このような改憲試案を自画自賛している。これは笑えない事態です。
 憲法改正問題というと、改憲か護憲か、という構図に走りがちですが、いま大切なのは、改憲か護憲かを問う前に、憲法をどのように社会のなかに定礎してゆくかという問題だと思います。憲法とはそもそも何なのか。そうした議論の前提が崩されようとしているいま、議論のフォーラムを守ることが先決です。そうでないかぎり、誰をも守らない憲法になってしまうのではないでしょうか。

◆水島朝穂(Asaho MIZUSHIMA)さんのプロフィール

1953年生まれ。早稲田大学法学部教授。法学博士。憲法学、法政策論。雑誌「ダカーポ」で、「やわらか頭のユニークな法学者」として紹介される。現在、NHKラジオ「新聞を読む」レギュラーをつとめる。豊富な知識を駆使し、「真の安全保障とは何か」をわかりやすく語る。自身のホームページである「平和憲法のメッセージ」では、時々の時事問題について「直言」を毎週更新中。
水島朝穂さんのURL: http://www.asaho.com/

水島朝穂教授室。イラク戦争などに関する数々のお宝グッズがところせましと並べられている。
【主な著書】
『現代軍事法制の研究』(日本評論社、1995年)
『武力なき平和』(岩波書店、1997年)
『知らないと危ない「有事法制」』(現代人文社、2002年)
『世界の「有事法制」を診る』(法律文化社、2003年)
『未来創造としての「戦後補償」』(現代人文社、2003年)
『同時代への直言』(高文研、2003年)


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