映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』
このドキュメンタリー映画には、三つの時間の流れの中に話が進んでいきます。
ひとつ目は15才から18才に至る主人公の少女「菜の花」の時間、その成長。ふたつ目は彼女が暮らした2016年から2019年までの沖縄、その現実。そして三つ目はそれを結びつけて、見る人の気持ちに届く作品に仕上げようとしたスタッフの工夫の3年間。
テーマは「伝える」ということなのかも知れません。人と人とが触れ合って、それぞれに分かり合っていくことの喜びを感じさせてくれる映画です。
【作品解説】
沖縄の言葉、うちなーぐちには「悲しい」という言葉はない。それに近い言葉は「肝(ちむ)ぐりさ」。誰かの心の痛みが自分の悲しみとして一緒に胸を痛めること。それがウチナーンチュの心、ちむぐりさ。
そんな沖縄に、ひとりの少女がやってきた。北国・能登半島で生まれ育った、坂本菜の花さん、15歳。彼女が通うのは、フリースクール・珊瑚舎スコーレ。既存の教育の枠に捉われない個性的な教育と、お年寄りも共に学ぶユニークな学校だ。70年あまり前の戦争で学校に通えなかったお年寄りとの交流を通して彼女は、沖縄ではいまなお戦争が続いていることを肌で感じとっていく。
次々に起こる基地から派生する事件や事故。それとは対照的に流れる学校での穏やかな時間。こうした日々を、彼女は故郷の新聞コラム「菜の花の沖縄日記」(北陸中日新聞)に書き続けた。「おじぃ なぜ明るいの?」。疑問から始まった日記は、菜の花さんが自分の目で見て感じることを大切に、自分にできることは何かを考え続けた旅物語だった。少女がみた沖縄の素顔とは──。
この作品がはじめて番組として企画されたとき、沖縄は、さまざまな厄災とも言えるものが相次いで降り注いでくる困難な時期でした。その沖縄の現状を知らせたい、しかし制作スタッフは、そうしたことへの怒り、悲しみを、こぶしを振り上げる形でなく、どうすれば見ている人の気持ちに届くものになるか、それを第一に考えたといいます。
そうした構成を工夫する中で、この沖縄の現状、「今」を描くのに、遠い雪国からこの時期、沖縄にやってきて、暮らしている少女の目を通して、彼女が感じ取ったものをたどっていくという描き方と語り口を考えたといいます。
彼女も自分の中に問題を抱えていました。中学校時代にいじめにあった孤立の悲しみをもって、旅に出たのでした。だからこそ、彼女には、相手の話を聞いて、その深いところにある悲しみを自分のものにして行く力がありました。映画の題名「ちむぐりさ」の意味する「誰かの心の痛みを自分の悲しみとして一緒に胸を痛める」感受性、受け止める力が備わっていたと言えます。
そしてその沖縄の人々のこれまでと現在の悲しみ、不安を、本土の人たちは全くわかっていない、知らないでいる。自分のことも含めて、自分のこととしていなかったことに気づくのです。
彼女はまた、自分が生まれ育った北陸の地方紙「北陸中日新聞」に「菜の花の沖縄日記」というコラムを書いていました。記事を書くことを通して、彼女自身が会って、話を聞いた沖縄の人々から何を感じ、それを自分のものにしていったのかを確かめていきます。映画もまた彼女を「記者」として、彼女の心に映っていく沖縄を鏡のようにして、その時間を描いていくことになります。感受性の敏感な十代の感じたところを、目、耳、肌を通して沖縄の人の気持ちを知っていく、感じ取って「自分自身について」を考えていくことになるのです。
話を聞かせてくれる人をまっすぐに見つめ、時に涙を流しながら聞く彼女に、沖縄の人たちも心を開いていきます。これまで取材を拒んでいた人も、若い人にこれだけは言っておきたいという気持ちになるのでしょう。同情されるというのではなく、何かこの子には伝わるものがある。しっかりと染みこんでいって、語り継いで行かれることを感じるのでしょう。
辺野古の砂浜で彼女を呼び止め、話しかけてきた基地の条件賛成派でもある漁師の中村さんもそう感じたのでしょう。内側から湧いてくるものを感じたのでしょう。
「日本はアメリカの植民地としか思わない」「条件闘争はこれから育ってくる海人(うみんちゅ)のため…」「見てごらん、工事の始まっている海の向こう、今まだ見えている島は、基地が完成すれば見えなくなる」「きれいな海、見て帰れ」。
菜の花さんが通うフリースクール「珊瑚礁スコーレ」。ここがまた魅力的な学校なのです。菜の花さんも故郷の学校にいられなくて、居場所を探すように旅に出て、この学校にたどり着くわけですが、そこでそれぞれに居場所を探し、学びたいとする仲間に出会い、それぞれの気持ちを分かり合おうとします。
このスクールには、とくに世代の異なる生徒がたくさん通っています。沖縄戦によって、また苛酷な米軍統治下の沖縄に育って、満足に教育を受けることのできなかった年配の人たちが、それぞれ自分から選んで、この学校に入って学んでいます。若い者だけが学ぶフリースクールということではないのです。いろいろなものを背負った人たちとのふれあいが、菜の花さんに沖縄の人々の気持ちの中にあるものを学ばせ、自分自身の「いま」を考えさせるのです。何より年代を超えた仲間から菜の花さんが愛されているのが伝わってきます。
映画を見た感想(と感動)を書いているこの「シネマde憲法」のコーナーでも、これまで「若い人たちに、今、自分たちが感じていることを伝えていくにはどうしたら良いか」と繰り返してきました。それは私たちがいろいろな市民活動をしている中でもいつも感じていることです。
その答えとして、この頃わかってきたのは、私たち自身が、「若い人は何を感じ、悩み、悲しみ、考えているのか」それに耳を傾けることではないか、ということです。
若い人も、年とった人も、子どもも、今、生活に忙しくしている大人も、仲間として素直に、求めていきさえすれば、ふれあい、つながり、一緒に考えていけることができるという感動を、この映画は教えてくれます。
【制作スタッフ】
監督:平良いずみ
撮影・編集:大城茂昭
プロデューサー:山里孫存 末吉敦彦
音楽:巻く音 jujumo
語り:津嘉山正種
協力:珊瑚舎スコーレ
製作:沖縄テレビ放送
配給:太秦
【出演者】
坂本菜の花
2020年製作/106分/日本映画/ドキュメンタリー
いまのところ、上映予定は確認できていませんが、各地で自主上映が行われています。
私たち「憲法を考える映画の会」でも上映会をしたいと思っています。
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