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シネマde憲法

映画『ある人質 生還までの398日』(原題:SER DU MÅNEN,DANIEL)

 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


  デンマーク映画が凄い。とくに現代の戦場、紛争地での出来事を描く映画は、その中に自分が放り込まれたような怖さ、リアルさがあります。『アルマジロ』『ある戦争』、あるいは第二次世界大戦後、危険な地雷廃棄作業を強いられたナチの少年兵を描いた『ヒトラーの忘れもの』(2018年1月22日「シネマ de 憲法」)。とくに若者が戦場に行くということはどういうことか、若者は戦場に行って、彼のなかで何が変わっていったのか、我がことのような緊張感をもって突きつけられます。

(ストーリー)
 ダニエル・リューは、デンマーク体操チームのメンバーだったが負傷して選手生命を絶たれたため、夢だった写真家になることを決意。コペンハーゲンで恋人シーネとの新生活も始めた。戦場カメラマンの助手として訪れたソマリアで、サッカーをする子供たちの生き生きとした表情をカメラで捉えたとき、ダニエルは戦争の中の日常を記録することこそ自分のやりたいことだと確信。そのための撮影旅行先として選んだのは、シリアだった。
 戦闘地域へは行かないと聞き、家族は安心してダニエルを送り出した。だが、トルコとの国境付近の町アザズで撮影中、ダニエルは突然、男たちに拉致された。同行のガイドが用意した自由シリア軍の許可証も警護の兵士も役に立たなかった。支配勢力が替わったのだ。アレッポへ移送され、拷問されたダニエルは、一度は高い窓から飛び下りて逃げたものの住民に通報され、連れ戻されてしまう。
 ダニエルが予定の便で帰国しなかったため、家族は彼が置いていった連絡先に電話をかけた。人質救出の専門家、アートゥアだ。捜索を始めたアートゥアは誘拐犯を突き止め、その男、アブ・スハイブに接触した。要求された身代金は70万ドル。テロリストと交渉しない方針のデンマーク政府からは支援を期待できないため、家族が全額用意するしかない。

 とても見るのが辛い、痛い映画です。どうしても、シリアの紛争地で人質になって生還できなかった後藤健二さんたちの2015年の事件が重なってしまうからです。後藤さんたちもきっとこういう扱いを受けた後、殺されたのだろうという痛ましさに、かきむしられる気持ちになります。
 しかしこの映画は、拷問のひどさを見せるだけの映画ではありません。「拷問の話は尋常ではないし、不快感を与えますが、それは原作と映画が意図することではありません。重要なのは、この男性が置かれていた尋常でない状況、それが彼に、彼の家族にどのような影響を与えたかということです。(主人公の青年ダニエル・リューを演じたエスベン・スメドの言葉=映画パンフレットより)

 映画の話の軸は二つあります。ひとつはもちろん、「無鉄砲で無知な若者」が「不用意に」
戦場に迷い込んでしまって、残酷なまでに「痛ましい扱い」を受けながら、仲間との出会いのなかで、最悪の事態を乗り越え、勇気を奮い起こすことができたかの398日の時間軸の物語。
 もうひとつは、突然愛する息子の窮地を知りながら、救出に何も出来ないでいる、無力という精神的拷問に何ヶ月も耐えなければならない家族の物語です。その二つが話の展開の軸になり、もし、私たちがあのような状況に追い込まれたら、あの家族の立場だったらどんな思いにさらされるか、身近に突き詰めて考えさせられざるを得ないリアルさがあります。

 イラク、シリアの日本人人質の事件を報道によって知った時、それらを題材にした映画をいくつか見て(例えば『ファルージャ イラク戦争日本人人質事件……そして』(2014年2月3日「シネマ de 憲法」)人質問題の悪辣さに怒りを感じると共に、きちんと考えなければならないと自分に言い聞かせていたことがいくつかあります。
 一つ目は、何が中東にそうした凄惨な状況を作り出したのかを常に考えなければ、ということ。アメリカやほかのアラブ諸国、イスラエルなどの政治責任の問題。二つ目はそうした危険にもかかわらず、紛争地の人々の苦しみの真実を知らせる報道のために彼の地に入っていく人々の勇気。三つ目は、自分たちにその責任があるにもかかわらず、そうした勇気ある人たちの受難を「自己責任」と見捨てた日本政府とそのことを問題にしなかったメディアと私たち日本国民。
 この映画の監督も、「ダニエルの物語が私たちの国及び政治家のアメリカに対する忠誠心を浮き彫りにしている」と語っていますし、映画の中でも、テロ勢力と取引はしない「人を救わない国家」への怨嗟をしっかりと描いています。 
 また、この映画から権力の暴力について知らされたことがあります。「生々しい、しばしば目を背けたくなるようなISの支配の現場は、拷問により限りない屈従を人間が人間に要求していく凄惨な世界である。しかしこれはISの特殊な世界かというと、シリアやイラクで、歴代の政権が行ってきた、支配のあり方なのである。シリアの政権が政治犯を収容する刑務所の残忍で嗜虐的な拷問については知られる。政権によって拷問を受けていたものたちも自らが権力を握り他者を支配下に置くと、自らが受けたと同様の拷問を容赦なく行う。」(「グローバル・ジハードの前線を『劇』として再現する」池内恵 映画パンフレットより) 
 映画の中でも、「グァンタナモ(米軍基地)でやったこと(拷問)と同じことをやってやる」というIS兵士のセリフが出てきます。
 見るのが辛い映画ですが、それはISがひどいと、その残忍さに震え上がって終わりにするのでなく、権力のあるところでは、そうしたことが受け継がれていくということに目を向け、そのおおもとを問題にしていくことを考えなければと思うのです。

【スタッフ】
監督・製作総指揮:ニールス・アルデン・オプレヴ アナス・W・ベアテルセン
脚本:アナス・トマス・イェンセン
原作:プク・ダムスゴー「ISの人質 13ヶ月の拘束、そして生還」
製作:モーテン・カウフマン
撮影:エリック・クレス
衣装:シティーネ・テー二ン
編集:アンネ・オーステレード
音楽:ヨハン・セーデルクビスト

【キャスト】
エスベン・スメド(ダニエル・リュー)
トビー・ケベル(ジェームズ・フォーリー)
アナス・W・ベアテルセン(アートゥア)
ソフィー・トルプ(ダニエルの姉アニタ)

2019年製作/138分/デンマーク・スウェーデン・ノルウェー合作映画
原題:SER DU MÅNEN,DANIEL
配給:ハピネット
オフィシャルサイト
予告編
上映情報
角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷など、全国上映中



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