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シネマde憲法

映画『8番目の男』(原題:배심원들 陪審員たち)

 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


  韓国で陪審制(韓国では「国民参与裁判」)が始まったのは、2008年1月、日本では「裁判員制度」として2009年5月ですから、ほぼ同じ頃、この新しい裁判制度が始まったことになります。
 この映画は2019年の公開ですから、とくに陪審員制度について解説するとか、あるいはそれを批判するということが企画の意図にあったわけではないと思います。しかし陪審員制の裁判がどのようなものであるか、どうあるべきかを考える上では良いきっかけになる作品です。裁判映画に共通の、真実は何かの「謎解きミステリー」の要素に加えて、コミカルで庶民的な面を持ったエンターテイメント映画としてとてもよく出来ていると感心しました。そうした語り口が、何より自分に身近な問題として「裁判」をとらえることができます。
 韓国でのヒットの要因はいくつもあると思いますが、韓国の人たちが裁判に対してどのように日常的な関心をもっているのか、その政治意識の高さを感じました。そしてそれに応えて、こうした庶民的視点の質の高い映画を作り出す韓国映画の層の厚さと感じます。

(あらすじ)
 国民が参加する裁判が歴史上初めて開かれる日。全国民が注目する中、年齢も職業も異なる8名の普通の人々が陪審員団に選定される。大韓民国初の陪審員になった彼らの前に置かれた事件は、証拠・証言・自白までそろった明白な殺害事件。刑を量定するだけのはずが、被告人がいきなり嫌疑を否認したため、陪審員たちは急きょ有罪無罪の決断を迫られることになる。誰もが困惑する中、原則主義者の裁判長ジュンギョムは正確かつ迅速に裁判を進めようとする。だが質問と問題提起を繰り返す8番陪審員ナムをはじめとする陪審員たちの突発的な行動により、裁判は予期せぬ方向に進んでいく。(TCエンターテインメント作品情報『8番目の男』より)

 この映画は、陪審員裁判の映画の傑作、『12人の怒れる男』(アメリカ映画1957年作品。「シネマde憲法」2009年3月23日)がベースになっていると思います。
 韓国における、はじめての国民参与裁判第1号の裁判の実話をもとにしたフィクションということですが、それがどのような裁判だったのか、それをどのように脚色しているのかを知りたいと思いました。映画を見ているうちに、知りたいとおもうことが次々と湧いてくる映画です。
 陪審員制度を考える上でも、また裁判そのものについて、ひいては「法」とは何かを考える上でもきっかけになる作品です。
 「なぜ法が必要だと思いますか?」と問われると、あなたはどう答えるでしょうか?
それは、陪審員候補としてソウル中央地裁に呼び出された主人公が受けた質問です。「罪人を罰するため?」と自信なげに答えた彼に、ムン・ソリ扮する裁判官は、「法は人を罰しないためにあるのです。罰するときには冤罪を防ぐために基準が要る。むやみに処罰できないよう設けた基準が法なのです」と答えています。
 このやり取りは裁判が始まる前の陪審員の面接の時にあります。そして裁判長が判決を下す前の重要な場面で繰り返されます。
 先の『12人の怒れる男』の作品紹介の中に「裁判員制度の趣旨として、『司法に対する国民の信頼を向上させる』『市民感覚を反映させる』ということが言われています。その内容を具体的に掘り下げて考えるのに、この作品は役立つと思われます。」と書かれていますが、この作品もまたそうした役割を果たす映画です。

 「市民感覚を反映」させ、「司法に対する国民の信頼を向上」させるものとしても、この映画は、脚本と演出、演技が優れていると思います。
 裁判という、しかも殺人事件という裁判の重苦しさを重苦しく語るのではなく、とてもコミカルな入り方をしているのも、見る側としてはハードルが低くなります。
 全くの素人が、裁判に関わるということはどういうことなのか、はじめて出会った、それぞれの境遇、立場の違う人々が、一定時間、同じ問題に取り組むという陪審員制度のよい点であり、難しいところでもあることをよく表しています。 
 陪審員8人の構成、それぞれの社会認識や人生経験の違いをよく引き出して、話を複雑かつ面白くしています。
 おそらく、いろいろ紆余曲折(まさに裁判の経過はそうした紆余曲折を丹念に明らかにしていくことなのだと思いますが)あって、裁判の最も大切な部分「疑わしきは無罪」に行き着くところが、作り手の願いであり、裁判員制度という制度がこうあってほしいという願いなのだと思います。
 
 私はこの映画を「死刑映画週間」の中のひとつの作品として見る機会に恵まれ、裁判を題材とした映画には秀作が多いことをあらためて感じました。人の生き死にや、人生が全く違ったものになってしまう、それに関わっていくことの緊張感、それを誰が判断できるのかという問題提起、そこにはまた「法」とは何かといった原点を考えさせられるものがあります。
 以前に「列車と映画は相性が良い」と書いたことがありますが、「裁判と映画も相性が良い」のかもしれません。「判決」という目的に向かって、紆余曲折をはらみながら、とにかく進んでいくというスタイル、さながら法廷に閉じ込められた当事者(被告人、弁護人、検察官、裁判官、陪審員、傍聴者、ときに守衛なども)は、いわば疾走する列車の乗客と乗務員。観客である私たちもまた、正しい目的地に到着できるか、自分の問題として考えることになります。

【スタッフ】
脚本・監督:ホン・スンワン
撮影:ペク・ユンソク
音楽:チャン・ヨンギュ
【キャスト】 
パク・ヒョンシク (クォン・ナム=陪審員(8)青年起業家)
ムン・ソリ (キム・ジュンギョム=裁判長)
ペク・スジャン(ユン・グリム=陪審員(1)法学部生)
キム・ミギョン (ヤン・チュノク=陪審員(2)療養保護士)
ユン・ギョンホ (陪審員(3)=無名俳優)
ソ・ジョンヨン (陪審員(4)=40代主婦)
チョ・ハンチョル (陪審員(5)=財閥企業秘書)
キム・ホンパ (陪審員(6)=無職)
チョ・スヒャン (陪審員(7)=就活学生)
ソ・ヒョヌ
配給:クロックスワークス 
2019年制作・韓国映画・114分
原題::배심원들 陪審員たち 英名:Juror8

公式サイト
予告編
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U-NEXTでも配信しています。



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