映画『パブリック 図書館の奇跡』(原題:The Public)
痛快な映画です。何が痛快かって、今、私たちが抱えている問題「公共とは何か?」という問いかけに対して、こんな気持ちにしてしまう劇的な映画だからです。映画の題名をずばり「The Public」としていることからもその心意気が感じられます。「公共とは何か?」という問いの答えを理屈ではなく、感情と感動でわからせてくれます。
ずっとこれは実話にもとづく話なのかなと思い込んでいました。表現もドキュメンタリー調の展開なのかなと勝手に思っていました。それは、以前『ニューヨーク公共図書館エクス・リブリス』( 「シネマde憲法」2019年7月1日紹介)を見ていたことが頭にあったからかもしれません。ところが違いました。純然たる劇映画でフィクションでした。でも、私たちが求めている「公共とは何か」というリアルな問いに答える力は、いっそう強くなっているようです。
【ストーリー】
米オハイオ州シンシナティの公共図書館で、実直な図書館員スチュアートが常連の利用者であるホームレスから思わぬことを告げられる。「今夜は帰らない。ここを占拠する」。大寒波の影響により路上で凍死者が続出しているのに、市の緊急シェルターが満杯で、行き場がないというのがその理由だった。
約70人のホームレスの苦境を察したスチュアートは、3階に立てこもった彼らと行動を共にし、出入り口を封鎖する。それは“代わりの避難場所”を求める平和的なデモだったが、政治的なイメージアップをもくろむ検察官の偏った主張やメディアのセンセーショナルな報道によって、スチュアートは心に問題を抱えた“アブない容疑者”に仕立てられてしまう。やがて警察の機動隊が出動し、追いつめられたスチュアートとホームレスたちが決断した驚愕の行動とは……。(公式ホームページ『パブリック 図書館の奇跡』ストーリーより)
この映画を見始めて、まっ先に頭に浮かんだのは、昨年(2019年)秋、台風19号が関東地方を直撃した時の事件です。それは東京都台東区が、避難所を訪れたホームレスの受け入れを拒否したというものです。ホームレス支援団体が台東区災害対策本部に問い合わせると「ホームレスについては、避難所は利用出来ないことを対策本部で決定済み」と回答が寄せられたと言います。人を人と思わないことを隠そうともしない自治体の決定。それを決めて「おかしい」とも思わない自治体職員つまり公務員の意識はどうなっているのかと疑います。憲法25条の生存権が公務員たちの頭にないことが明白です。これがわが国の公務員や公共機関の「公共」の認識の現状です。それをまた私たちの多くが関心も持たないでいるのです。
このアメリカの映画を見ていて気がつくのは、図書館の職員らのセリフの中に憲法の条文が時折、入ってくることです。憲法修正第1条(信教・言論・出版・集会の自由、請願権)とか、修正第4条(不合理な捜索、逮捕、押収の禁止)とかです。彼ら図書館の職員が、業務上の判断をする時にまず憲法をもとにしていることが分かります。実際のアメリカの公務員がどうなのか、映画は理想を描こうとしているのかわかりませんが、この映画の中では合衆国憲法がかなりこだわって使われています。
上司への忖度が何より優先され、自分が責任をとるようなことにならないように汲々としているように見えるわが国の自治体職員、公務員とは大違いです。「公共とは何か」をどれだけ認識しているかの違いと思います。(「そんなことはありません」という公務員のみなさんの役所内部からの声があったら教えてください。そうであるのならば、先の台東区のようなことが起こるわけがないと思うのです。)
「公共とは何か?」を国会議員から地方議員、国家公務員から地方自治体の公務員、警官や検察官、裁判官、自衛隊隊員に至るまで、この映画を見て、ひとりひとりよく考えてほしいと思いました。「公共とは何か?」を考えることは民主主義とは何かを考えるスタートラインでもあります。
「公共図書館はこの国の民主主義の砦だ、戦場にさせてたまるか。」映画の中の図書館長の言葉です。何という勇ましい宣言でしょう。この映画の監督も、別な言葉で語っています。「図書館や他の公共施設はホームレスなど生活困窮者たちを救うため、どのような義務を負っていると思いますか?」という質問に対し、「先ほどの質問に対して私は“義務” ではなく“道徳上の任務”という言葉を使いたい。図書館や他の公共施設にとって、ホームレスや生活困窮者を助けるのは道徳上の任務だ。人の心を持っていれば至極当然のことと感じるだろう。だが残念ながらこの分断の世の中には人の心を持たない人がたくさんいる。」
他にも名セリフがあちこちで出てきて、すごく気持に響きます。「市民的不服従」とか「神は人に声を与えた。声を上げて主張するんだ、黙ってはいけない」とか。そのまま市民運動の中で市民の主張として声にしたいようなセリフが、大声でなく静かに語られます。
もちろんわが国でも、公共施設に働く人々、とくに図書館に仕事を求めた人の多くは、心優しく、知的で、人のために何とかしようとしている人が多いと思います。監督も多くの図書館で働く人々にこの映画を見せて、そのほとんどが共感をもってくれたと言っています。「彼らは我々が図書館の現場にしっかりと耳を傾け、よく観察し、正しく理解したと感じてくれた。」と語っています。
日本の公共施設の現場ではどうでしょうか。どうしても管理的な態度や言い方になってしまうことが多いように思います。とくに話が上の人に行けば、行くほどその傾向が強くなります。それだけ「政治」が、彼ら公務員をコントロールしようとしていることを感じてしまいます。それは国政の現場や国家公務員の業務でも同じことです。今の政治を動かしている権力者を上目遣いに見て息を殺しているより、やはり公務員は憲法をもとに自ら考えて判断することが本筋、よりどころは憲法のはずです。
映画の表現として感じたこと。ドキュメンタリーと違って、お話を分かりやすくしていくためでしょうか、登場人物が、それぞれ事情を抱えています。「市長選をめざしている検事」「息子の非行を抱えた交渉役の刑事」「注目を集めるためにはフェイクニュースもいとわないメディア」そして「過去にホームレスの経験のある図書館職員」。そのひと癖も、ふた癖もある彼らの繰り広げるストーリーは、ある意味サスペンスフルです。「公共」という目に見えにくいものを、人の気持ちに呼びかける、誰もが自分のものとして考えられる感動的なものにしていくための巧みな脚本なのでしょう。
要求は何かを聞かれて、「欲しいのは屋根」。屋根のある「広場」のようなものが「図書館」。民主主義は広場から始まったように、図書館は民主主義のあり方を常に試し、それをより強いものにしていきます。「公共とはなにか?」を考えることが、民主主義を考えることになることを実感する作品です。
【スタッフ】
監督・脚本:エミリオ・エステベス
製作: エミリオ・エステベス アレックス・レボヴィッチ スティーヴ・ポンス
製作総指揮:クレイグ・フィリップス リチャード・ハル ジャネット・テンプレトン
レイ・ブデロー ジョーダン・ブデロー ボブ・ボンダー
ブライアン・グールディング ドナル・オサリヴァン
音楽:タイラー・ベイツ ジョアン・ヒギンボトム
撮影:フアン・ミゲル・アスピロス
編集:リチャード・チュウ
配給:ロングライド
【キャスト】
エミリオ・エステベス(スチュアート・グッドソン)
アレック・ボールドウィン(ビル・ラッムステッド)
クリスチャン・スレーター(ジョシュ・デイヴィス)
ジェフリー・ライト(アンダーソン)
ジェナ・マローン(マイラ)
テイラー・シリング(アンジェラ)
ジェイコブ・バルガス (エルネスト・ラミレス)
ガブリエル・ユニオン (レベッカ・パークス)
マイケル・ケネス・ウィリアムズ (ジャクソン)
チェ・"ライムフェスト"・スミス(ビッグ・ジョージ)
アメリカ映画/2019年製作/119分
【公式ホームページ】
【予告編】
【上映情報】ミニシアターや地方での上映がこれからもあります。