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シネマde憲法

映画『スパイの妻』

 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


 ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)をとった、今、話題の映画です。
 たしかに、よく出来た映画だと感心しました。構成も、演出も、演技もしっかりとしていて、これからどうなっていくのだろうというサスペンス感を存分に味合わせてくれます。主人公の夫婦、とくに妻である福原聡子(蒼井優)の考えていることが、そのまま伝わってくる表情の演技に引き込まれます。
 もうひとつ、よく出来た映画だと思うのは、今のような息苦しい、政治的忖度のはびこる時代に、「国家機密」「731部隊の細菌兵器による虐殺」「軍憲兵による拷問」などといった材料(ネタ)を使って商業映画をよく作ろうとしたな、というところです。
 もともとNHK-BSの8Kドラマとして制作したものとか。今やメディアの忖度の代名詞のようになってしまったNHKが制作主体なのにです。その意味でもよく出来た、よく作ろうとした映画だ、と感心しますし、応援したい気持ちにもなります。
 映画の作り手のねらっているところとは、少し違うのかもしれませんが、人気のある今の俳優の劇場用映画として公開し、話題性を作っていく中で、日本の侵略戦争の「知らそうとしてこなかった部分」について、それを知らないでいた人たちが、「何それ?」「ほんとうにあったことなの?」と感じ、考えるきっかけになることは良いことと思います。

【あらすじと解説】
 1940年、神戸で貿易会社を営む優作は、赴いた満州で、恐ろしい国家機密を偶然知り、正義のため、事の顛末を世に知らしめようとする。満州から連れ帰った謎の女、油紙に包まれたノート、金庫に隠されたフィルム…聡子の知らぬところで別の顔を持ち始めた夫、優作。それでも、優作への愛が聡子を突き動かしていく———。
 すべての国民が同じ方向を向くことを強いられていた太平洋戦争開戦間近の日本。正義を貫くためには、誰かを陥れなければならない。愛を貫くためには、誰かを裏切らなければならない。正義、欺瞞、裏切り、信頼、嫉妬、幸福。相反するものに揺られながら、抗えない時勢に夫婦の運命は飲まれていく。昭和初期の日本を舞台に、愛と正義を賭けた、超一級のミステリーエンタテインメントが誕生した。(映画『スパイの妻』公式サイト「解説」より)

 おそらくこの物語は「日本軍国主義が犯した忌まわしい暴虐的行為」を告発するものでも、それを宣伝して「同じようなことが繰り返してはならない」と訴えるものでもないでしょう。それを期待する人には、話の終わり方や納得の落ち方が今ひとつ物足りないものに感じるかもしれません。ハッピーエンドとは行かなくても、もう少しカタルシスがほしいと願うのはそうしたことに期待し過ぎなのでしょうか。 
 戦争に向かっていくあの時代の人たちの感情を、現在に持って来て描くのは難しいことなのかもしれません。主人公の聡子が、その嫉妬心から、夫が国家機密を明らかにしようという資料を憲兵に渡してしまうところなどは、「なんてバカことを」と思ってしまいました。そしてそれが、唯一、夫を救い、かつ世界への告発を可能にするものと考えたからであるとわかると、彼女の中での意識の変化というか、その行動力にただ者でないものを感じてしまいます。夫に進んで協力して、それが「身を滅ぼす」ほどの危険なことであっても、夫とともに一つのことをやっているという充足感に酔いしれるところなどは凄みさえ感じます。どちらかと言えば恵まれて裕福なマダムが、そうした行動力を見せ、破滅しても、それを肯定的にとらえるところは耽美的でもあります。あるいは作者は、そこが描きたかったところなのかもしれません。
 この主人公夫妻の行動には、きっとモデルがあるのだと思います。ゾルゲ事件とか。戦争前夜の息苦しい、すべてが統制され、監視された時代にあっても、開明的なインテリや富裕層にあっては、言いたいことを言っていた、かつ、自分の信念で行動している人がいた、ということを聞きます。夫の福原優作は「ぼくはコスモポリタンだ。ぼくが忠誠を誓うのは国家ではない。万国共通の正義だ」と妻に語ります。彼のあの時代に押し寄せてくるナショナリズムに対する毅然とした抵抗、インターナショナリストとしての聡明さが感じられます。

 今の世の中、いろいろと憤慨していても行動に移らない、あるいはおかしいと思っても忖度したり、周囲の目を気にして声を上げるのを止めてしまう私たちの今の心のなかにも同じもの、通じるものがあると言えるかもしれません。そうして権力はますます従わないものに対して強圧的な態度をとり、それが正当なものであるかのようにエスカレートさせて強権力体制、ファシズムや軍国主義に突き進んでいくのでしょう。
 いろいろなことを考えさせられる映画でしょう。韓国や台湾、香港などの映画で、こうしたひとりひとりの政治的主張を問う劇映画、商業映画が活発に作られて人を集めていると感じます。日本映画でもそうしたことが、映画の表現するものの中に現れてくることを期待したいと思います。

【キャスト】
蒼井優(福原聡子)
高橋一生(福原優作)
坂東龍汰(竹下文雄)
恒松祐里(駒子)
みのすけ(金村)
玄理(草壁弘子)
東出昌大(津森泰治)
笹野高史(野崎医師)

【スタッフ】
監督・脚本:黒沢清
脚本:濱口竜介 野原位
音楽:長岡亮介
エグゼクティブプロデューサー:篠原圭 土橋圭介 澤田隆司 岡本英之 高田聡 
               久保田修
プロデューサー:山本晃久
アソシエイトプロデューサー:京田光広 山口永
ラインプロデューサー:山本礼二
技術:加藤貴成
撮影:佐々木達之介
照明:木村中哉
録音:吉野桂太
美術:安宅紀史
編集:李英美
スタイリスト:纐纈春樹
ヘアメイク:百瀬広美
VFXプロデューサー:浅野秀二
助監督:藤江儀全
制作担当:道上巧矢

制作著作:NHK NHKエンタープライズ Incline
制作著作・制作プロダクション:C&Iエンタテインメント
配給:ビターズ・エンド
配給協力:『スパイの妻』プロモーションパートナーズ
日本映画/2020年制作/115分

公式サイト
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