映画『グエムル─漢江の怪物─』(原題:The Host)
2008年に制作された韓国映画ですが、コロナウイルス感染の問題が、人々の生活の根本に問いかけている今、いろいろ考えさせることが多い映画です。「漢江の怪物」と「コロナウイルス」、重なる状況と問題がたくさんあります。
まず、1)得体の知れないものが突然、庶民に襲いかかってくる話であること、2)そうした人々の生活が脅かされているときに国や政治、公的機関はまったく頼りにならないこと、
3)生存と生活のためには自分たちの力で闘っていかなくてはならないということ、そして、4)権力や政治は無力なものであるほど、危機の際には真実を隠したがるということ。
ほかにも、私たちが今、置かれている「不安な生活」の中で、この映画を見直すと、共通する問題意識がたくさん見つかります。
【あらすじ】
ソウルを流れる大河の漢江(ハンガン)に、謎の怪物“グエムル”が現れ、次々と人を襲う。河川敷で売店を営むパク家の長男カンドゥ(ソン・ガンホ)の中学生の娘、ヒョンソ(コ・アソン)も怪物にさらわれてしまう。
怪物に接触した、ということで「感染」を疑われ、カンドゥは妹ナムジュ(ペ・ドゥナ)ら家族とともに病院に隔離されていたが、携帯電話に娘からの連絡が入ったことから一家で脱出を試みるが……。
見直してみて、大変よくできた映画とあらためて感心しました。
1)脚本と構成がしっかりしている。
最近の韓国の劇映画を見て、とくに感じることですが、映画の構成というか、展開の仕方がしっかりしています。話の流れがちゃんとわかるように、なにげないセリフの中にきちんと織り込まれているものがあるし、伏線もしっかり張られています。それらを達者な演出、演技でさまになる形にしていくので、見ているものの気持がどんどん引き込まれていきます。
2)演技が優れている。
主人公だけでなく、一家の「情けない家族」っぷりをきっちり演じ分けています。
そのことが後半の怪獣との闘いに向かっていくことに、観客を巻き込んでいくのだと思います。(このことについては、監督のインタビューの紹介の中で後述します)
3)作り手の熱意、メッセージ力。
人々の危険に対して何もしないで、むしろ主人公達の闘いを邪魔しようとさえしている権力の描き方。それに対する怒りのメッセージがきちんと伝わります。「くすぐり」とか、風刺とかでない本気で怒っていることが伝わってきます。
長い間の軍事政権だった韓国の政治権力に対する恨みとでも言うのでしょうか。そしてそうした権力と長いこと民主化闘争を闘ってきた「ぶれない」「ぐらつかない」したたかさをもったメッセージがしっかりアピールされています。たいしたものだなあ、と感じます。
「怪獣」の描き方もなかなか秀逸と思いました。俊敏そうですが陸上を走るときによく滑って転ぶ、その描き方の細かさ。たしかにもともと水中生物で突然変異体なので地上を走ること自体に慣れていないのではないか、そんなリアルさが結構この映画の設定の本質につながっている気がします。
それはまた、怪獣そのものへの思い入れを導くものになります。確かに凶暴で、とんでもない危害を与えるものですが、単なるどう猛なだけの「敵」ではなく、怪獣自身、地上に上がって困惑し、混乱して走り回っているようにも見えてきます。怪獣自身も被害者で、可哀想な存在であるような気がしてくるのは私だけの感じ方でしょうか。
それは自然を壊され、どう生きていったらよいのか混乱している動物のようでもあります。原爆実験によって生まれ、破壊の象徴のように言われているゴジラにも通じるどこか可哀想な存在にも見えてきます。
その凶暴なものを作り出したのは人間であることから、私はまた想像を進めてしてしまいました。この怪獣の象徴するものの中に「戦争」も入っているのではないかと。その邪悪で、凶暴な「戦争」という怪獣に立ち向かっていくのは、家族を守り、家族とともに闘う、ひとりひとりから発する庶民の運動、そんなメッセージがあるのではないかと。
監督インタビューがとてもおもしろいので、引用させていただきます。
「パク一家の性格付けは、どのようにしたのでしょうか?」
「最も情けない家族にしようと思いました。グエムルと一番戦えそうにない、戦うという行為が似合わない駄目な家族にしようと。
それこそがこの映画のドラマの核心部分だと思いました。普通、怪獣映画だと、軍人や天才科学者などのスーパーヒーローが出てくると思うのですが、この映画はそうではありません。そんな風に色々と家族構成を考えていたら、2世代に渡って母親が不在ということに気がつきました。ヒョン・ヒボン(主人公の父親)にも、ソン・ガンホにも妻がいません。なぜ母親を登場させなかったのかというと、私の考えでは、母親は賢く現実的で、家庭の中でとても強靱な存在なんです。だから母親がいると、駄目なはずの家族が、情けない家族に見えなくなると思ったのです。パク一家が駄目な家族に見えるからこそ、この映画ではその設定が生きると思ったのです。ですが、あれほどまでに情けないパク一家が、命を賭けて助けようとしたヒョンソ(中学生の娘)に、実は母親的な要素があったのです。劇中でグエムルによって閉じこめられていたときに、ヒョンソは自分より小さな男の子を守ろうと必死でした」(映画.com『グエムル─漢江の怪物─』インタビュー)
コロナウイルスは、突然現れた得体の知れない、誰にもよくわからない凶暴な怪獣です。
私たちが、今のような置かれた状況に対して何を学んでいくのか、そうしたことを考えながらこの映画をみていくのもまた、意味のあることと思いました。
【スタッフ】
監督:ポン・ジュノ
製作:チョ・ヨンベ
製作総指揮:チョ・ヨンベ キム・ウテク ジョン・テソン
共同製作:ジョ・ナンヨン
原案:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ ハ・ジョンウォン パク・チョルヒョン
撮影:キム・ヒョング
視覚効果:オーファネージ
美術:リュ・ソンヒ
衣装:チョ・サンギョン
編集:キム・サンミン
音響:チョ・テヨン
音楽:イ・ビョンウ
照明:イ・カンサン ジョン・ヨンミン
メイク:ソン・ジョンヒ
録音:イ・ソンチュル
VFXスーパーバイザー:ケヴィン・ラファティ
【キャスト】
ソン・ガンホ (パク・カンドゥ)
ピョン・ヒボン(パク・ヒボン=父)
パク・ヘイル(パク・ナミル=弟)
ペ・ドゥナ(パク・ナムジュ=妹)
コ・アソン(パク・ヒョンソ=中学生の娘)
イ・ジェウン(セジン)
イ・ドンホ (セジュ)
ユン・ジェムン(ホームレスの男)
キム・レハ(黄色い服の男)
パク・ノシク(影=私立探偵)
イム・ピルソン(なミルの同級生)
2006年制作/159分/韓国映画
配給:角川ヘラルド映画
【予告編】
【動画配信・DVD販売情報】
amazon prime video
NETFLIX
DVD発売元:(株)ハピネット