息もつかせぬ展開の映画です。
発端はいたずらな少年の些細な事件です。でもそれが貧困と格差と分断が横行する一触即発の街で起きたことから、何が、どうなるかわからないところに話が突き進んでいきます。その緊迫感の中で、しかも完成度の高いリアルな描写の積み重ねによって、見ている者の気持ちはすっかり翻弄されてしまって、ケチを付ける隙もありません。
【映画の題名『レ・ミゼラブル』のこだわり】
「ここは、『レ・ミゼラブル』の舞台となった街?」新任の警官が初めてのパトロール中に尋ねます。何と言っても映画の終わりに流れる『レ・ミゼラブル』の中の言葉、「友よ、良く覚えておけ。悪い草も悪い人間もない。育てる者が悪いだけだ。」そこに映画の作り手のテーマがあるのだとます。
「悪いのは育てる者?」それは社会か、政治か。あるいはまた…。その街は、悲しみと、憎しみと怒りにあふれています。
人々の中に生まれる社会や政治に対する鬱屈した感情。そんな現代が抱える闇をリアルに描き、まさに「いまの世界の縮図」とも言える衝撃作です。
それはほんとうに遠い国の話ではなく、全世界がいま遭遇している時代と社会。私たちの問題。それに目を向けようとしないでいる自分がまた試されます。
【あらすじ】
パリ郊外に位置するモンフェルメイユ。ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台でもあるこの街は、いまや移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と化していた。
犯罪防止班に新しく加わることになった警官のステファンは、仲間と共にパトロールをするうちに、複数のグループ同士が緊張関係にあることを察知する。
そんなある日、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展。
事件解決へと奮闘するステファンたちだが、事態は取り返しのつかない方向へと進み始めることに……。(映画『レ・ミゼラブル』公式サイト「STORY」より)
【どうしようもない現実、何が悪いのか?】
ストーリーについての前知識を持たないで映画を見たものですから、はじめ、悪徳警官の話かな、と思いながら見ていました。権力者の手先としての警官、ひどい奴らだ、それらの上に立っているのが特権階級の権力者なのだ、というような。しかし、ここで映画を見ている人に投げかけているのは、そんな簡単なものではないことにすぐに気がつきました。
三人の警官、彼らにもそれぞれ事情があって、悩みや苦しみがあって、困難なことばかりで、でも報われない。権力者によって抑圧されている弱者と社会で居場所を失った人々の姿ばかりです。どちらの味方に立ってという話でもありません。どうしようもない現実、それに気がついたとき、深いため息が出ます。
【ユゴーの小説を想い返す。希望を持って】
ユゴーの小説『レ・ミゼラブル』は、何度も映画になり、感動して見た記憶があります。とくに若者の気持ちに訴えるものがある小説で映画だったと思います。苛酷な社会、弱い者に悲惨な状況、でもそれに耐えきれず抗して闘おうとする人々。(中国の文化大革命の時に若者が掲げた「造反有理」という言葉が頭に浮かびました)
この『レ・ミゼラブル』の監督も。今の時代の中で、モンフェルメイユという虐げられた社会を描いて、その苛酷さと悲惨さの中にもどこかそこに生きる人たちに対する共感を感じ、希望を求めたいとするものがあるように感じます。
ラジ・リ監督自身もこのどうしようもない街に生まれ、育ったと言います。だからこそ、そこに生きる人々の愛情が、混迷をきわめるこれからの時代への希望となることを感じさせます。
【社会の、世界の問題への豊かなイメージ】
この映画を見る前、これまで「移民」とか、「差別」とか、「格差」とか、「分断」とかあるいは「難民」とかとか、問題をはらんだ言葉を聞いても、遠い世界のひとごとの問題と思い込んで片付けていました。映画を見た後ではそういった感触では捉えられなくなっています。
それらの言葉から、あの追い詰められた少年の顔が、途方に暮れる女子高校生が、イスラム原理主義のハンバーガー屋の親父が、そして困惑する警官の顔が、荒涼としたモンフェルメイユの団地が浮かんでしまいます。イメージがそれぞれの言葉を聞くたびに頭から離れなくなってしまいます。すごいリアルな生活感の描写は、それぞれに生きる人たちの人生の悩みを、ある時間、共有したかのような体験となります。
【制作スタッフ】
監督・脚本:ラジ・リ
脚本:ジョルダーノ・ジェデルリーニ アレクシス・マネンティ
撮影:ジュリアン・プパール
編集:フローラ・ボルピエール
音楽:ピンク・ノイズ
【キャスト】
ステファン: ダミアン・ボナール
クリス:アレクシス・マネンティ
グワダ:ジェブリル・ゾンガ
イッサ:イッサ・ペリカ
バズ:アル=ハサン・リ
市長:スティーブ・ティアンチュー
警察署長:ジャンヌ・バリバール
アルマミ・カヌーテ
ニザール・ベン・ファトゥマ
2019年製作/104分/フランス映画
配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES
ヒューマントラスト1有楽町、新宿シネマカリテ、新宿武蔵野館ほか全国上映中
【受賞】
第92回アカデミー賞(2020年)国際長編映画賞ノミネート
第77回ゴールデングローブ賞(2020年)外国語映画賞
第72回カンヌ国際映画祭(2019年)審査員賞