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シネマde憲法
映画『靖国・地霊・天皇』
 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


 あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」で、展示を中止させようとする攻撃の標的となった『遠近を抱えてPART2』のひとつ前の作品です。この作品を先に見ると、『遠近を抱えてPART2』の表現が、良く理解できる、というか、その表現自体がどういうものであるかを、より感じ取れるようになります。
 この映画を私たち「憲法を考える映画の会」では『遠近を抱えてPART2』とともに上映会を催しました。
 何より、映画作品を見てから批評することはいろいろあって良いと思うのですが、今回のあいちトリエンナーレの事件のように、作品を見もしないで、伝聞だけで、「その作品を見るな」「見せるな」と暴力的な圧力をかけることは、表現の自由を侵害、妨害する憲法違反だ、と思ったからです。自分たちにできることとして、まずこの映画を見ること、見る機会を作ることを考えた上映会でした。(そのことは2019/10/21シネマde憲法「『もうひとつの憲法記念日』映画連続上映シリーズ」のご案内に書きました)
 大浦さんにご連絡したところ、快く『遠近を抱えてPART2』のDVDを上映用に貸してくれました。「一緒に上映するのにおすすめの映画はありますか?」とお尋ねして、紹介いただいたのが、この『靖国・地霊・天皇』です。
 二つの作品とも、私は前もって見ないことにしました。見ると、つい解説をしてしまう。この作品はきっと観客が、何の先入観も持たないで、ひとりひとり、作品そのものから感じ取ることがふさわしい作品と思ったからです。

 手元に『靖国・地霊・天皇』の映画案内チラシがあります。靖国神社を真正面から捉えたハイ・コントラストな写真。「靖国・地霊・天皇」の明朝体の大きな文字。「靖国」「天皇」の文字だけで、その問題に感受性の高い人はビリビリきます。あなたはどちらに賛成なのかと判断を迫られるのかと思ってしまいます。
 映画を見ての感想ですが、「靖国」に対する論議は十分にありますが、そうした判断を迫られるような映画ではありませんでした。むしろ靖国神社を護っていこうとする側の人にとっても、好感を持って受け入れられる映画ではないか、と思いました。

 歴史認識やA級戦犯合祀、首相参拝などで常に政治的な問題にも発展する靖国神社について、異なる意見をもつ人々の意見を交えながら、地下に眠る246万余りの戦没者の霊の声に耳を傾けることで、思想やイデオロギーを超えた観点から靖国とは何かを考察するドキュメンタリー。
 合祀撤廃、政教分離を訴えた「ノー!ハプサ(NO!合祀)訴訟」でも弁護人を務める大口昭彦氏と、右派陣営の代理人弁護士として、歴史認識問題や靖国問題、政治思想をめぐる事件を数多く手がける徳永信一氏が、それぞれの「靖国への思い」を語る。
 監督は、昭和天皇の写真をコラージュに用いた版画「遠近を抱えて」などで知られる現代美術家の大浦信行。(映画.com『靖国・地霊・天皇』より転載)

 つまり、ここ靖国に祀られている246万人の人々、戦争犠牲者の霊、無念の思いに対して、今を生きる自分たちはどう向き合っているのか、いないのかを問われる映画ではないでしょうか。
 むしろ印象に残ったのは、靖国神社のあり方の問題より、そこに祀られているであろう「霊」への思いです。映画の中で読み上げられる戦病死した従軍看護婦の母への最後の手紙。BC級戦犯として軽視した兵士の父母に宛てた手紙、あるいは今も靖国神社に祀られている朝鮮半島出身者(朝鮮人兵士)の手記。
 とくに従軍看護婦の母への手紙を読み上げる場面では、おそらく同世代の若い女性ということで、今の若い女性を画面に表すことによって私たちの想像は生々しいものになります。なまめかしいと言っても良いかもしれない。手紙を書いた彼女の心象がのり移ったかのように、今の彼女の体内を流れている血そのものに70余年前、戦場にあった女性の血が流れているような生々しさを感じてしまいました。
 自分は刑死に値するような罪を何も犯していないのに刑場におもむく若い兵士の無念も同じです。映画を見ている私たち自身、そうした無念を引き継いでいるはずだし、そうしたものの積み重ねの上に今の自分がある。そうした無念に対して何もしていないでいる自分を見つめざるを得ない気持にさせます。たしかに靖国神社の下にはおびただしい血の海がある、ということを想像させる表現です。
 ほかにも石段を流れ落ちる血のような液体を捉えた逆モーション映像、谷川の水とそれを口に含む娘の動作、地霊の憑依を感じさせる金滿里さんの身体表現、あるいは階段に置かれた甕やドラム缶が暴発するシーンなど表現として言葉ではとうてい説明できないものを豊かな表現でもって表そうとしています。作者と同じような問題意識を、自分の奥底にも抱えていることを気付かせます。
 侵略戦争の結果、奪い尽くした若者たち、女性たちのいのち、体、心(意志)に対する責任を誰もとろうとしないまま、のうのうと戦後を生き、今、同じような過ちを繰り返しようとしているにもかかわらず、ぼんやりとしている自分たちの姿をイメージさせ問われていると感じました。
 私は、この映画をもっと多くの人と共に見たいと思いました。いろいろな受け止め方があると思います。映画を見て、それぞれが感じたこと、考えたことを話しあってみたいと思いました。そうしたことを感じさせる映画でした。

【制作スタッフ】
監督:大浦信行
撮影:辻智彦
撮影助手:満若勇咲
録音:清水克彦 根本飛鳥 百々保之
整音:吉田一明
編集:大浦信行 満若勇咲
制作:葛西峰雄
特別協力:辻子実

【出演者】
大口昭彦
徳永信一
あべあゆみ
内海愛子
金滿里
鶴見直斗(声の出演)

2014年制作/90分/日本
配給:国立工房



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