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シネマde憲法
映画『生きるのに理由はいるの?「津久井やまゆり事件」が問いかけたものは…』
 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


 2016年7月に起きた「津久井やまゆり園」事件、障がい者の大量殺傷事件を追ったドキュメンタリー映画です。「犯人の植松聖は,なぜこのような事件を起こすに至ったのか?」監督の澤則雄さんは、この事件の後、それをめぐって議論がいっこうに巻き起こらないことを不審に思って,この事件を調べ始め、映画を制作して、問いかけようとしたと言います。

 ドキュメンタリーなのに、サスペンスドラマのような出だしで話が始まります。その表現に、どこか神経を逆なでされるような不快感をもってしまうのは、このセンセーショナルな事件が、まだ記憶に強く残っていて、事件から受けた衝撃を思い出したくないという心理からなのでしょうか。確かにこの事件のことを無意識に避けてきたことに気付かされます。

 殺人犯、植松聖の生い立ちを辿ります。そこにもざらざらとしたあまり知りたくない話が延々と続きます。「こんな風に育ったら、ああなってしまうのか。」「でも、ふつうはどこかでブレーキが掛かるものだが、どうして彼はそのまま突っ走ってしまったのだろうか。」そこにこの映画の作者もそこに大きな疑問を感じ、彼の歩んだ道をたどり、事件を再現することでそれを明らかにしたいと、この映画を作ったようです。

 殺人者、植松聖は狂っていたのか、正気だったのか、彼の言動から見て、事件の前も、後も、今も正気なのか。私はまた,彼が仮病を使っているかのように思えてなりません。精神疾患を患っていると認められれば、この事件も無罪となると偽っているのではないかという思いが頭から離れません。もしそうしているとすれば、いったいなぜ、何のために、そうしているのでしょう。

 もうひとつ、私の気持がざらざらとした不快な、そして不安な気持ちにさせるのは、この植松聖の極端な暴言を、多くの人びとが心底では受け入れている、あるいは口には出さないけれども共感して部分もあるのではないかと想像してしまうことです。

 植松自身が考え抜いた(それはきわめて稚拙なものと思いますが)自分の考えを誰よりも伝えたかったのは安部首相のようです。(実際、植松はその犯行予告声明のような手紙を書いて、「安部首相に渡してほしい」と自民党本部まで足を運ぶのですが、警備にひるんで果たせず、少しは取っ付き易かったのでしょう、衆議院議長公邸に届けて満足したようです。その手紙の中にも「是非,安倍晋三様のお耳に伝えていただければと思います」というフレーズが繰り返し使われています。それほど彼を片思いにさせたものは何だったのでしょう?彼のなかで「安倍なるもの」はどのように作り上げられていたのでしょうか。安倍さんを、彼の考えたことの最大の理解者と思い込んでいたのでしょうか。

 最後のきいちゃんの絵本の紹介でやっと救われた気持ちになります。そして映画の作り手の意図はそちらにあったことを確認してほっとします。(聞けば、全国の学校図書館にはだいたい納められている子どもたちには,よく知られた絵本なんだそうです)
 それくらい、この映画は救われない話なのです。なぜ救われないのか。それは植松のふざけているとしか思えないような「優生思想」「障がい者の人権無視」「生きていてもムダではないですか」。そうした言葉と態度そのものが私たちの気持ちの奥底にあるものに問いかけるからです。あるいはそうしたものを心の底に隠している私たちをからかっているように感じるからです。
 そしてそれは、障害を持つ人びとの家族への問いかけでもあります。そこに植松の言葉や態度を全否定できないワナがあります。奥底に一人の特異な殺人鬼として片付けられない社会の問題、私たちが生きている社会の空気があります。

 監督の澤さんは、この映画は「討論材料を提供するために作った」と言っています。映画の上映の後、つとめて話し合いの機会を努めて作るようにもしています。
 たしかにこの映画を見ただけではいろいろと疑問点や考えることは残るにしても、もって行き場のない、やりきれない想いを抱くにとどまってしまうところがあります。(仮にこの事件のことを詳しく知ったところで)どうすれば良いのか、そうした気持のまま放り出されてしまいます。それほど障がい者、家族、施設の問題、それをどうしようともしていない社会の問題を考えざるを得なくなる映画です。映画を見た後で、必ず話し合いの場をもつということは、ある意味、ドキュメンタリー映画の新たな立ち位置、役割、可能性を作り出そうとしている映画なのかもしれません。

 その映画の後の話し合いの中で、監督の澤さんから聞いた話ですが,来年早々にも初公判、あまり間を置かないで、裁判員制度による判決が出るそうです。ところが、それまでほとんど自分の言っていることにブレなかった植松被告が、ここへ来てブレ始めているということです。それはどのようにブレ始め、また何がきっかけだったのでしょうか。

【制作スタッフ】
原案:堀利和 (津久井やまゆり園事件を考え続ける会)
編集・音効:諸橋一男
作画:鵜澤夕希子
ナレーション:小野崎佳 佐久田脩 松原芳子 永田亮子 慶星
企画・制作:澤則雄
製作:津久井やまゆり園事件を映画化する製作集団
2019年制作・50分・ドキュメンタリー映画
公式ホームページ:https://peraichi.com/landing_pages/view/tsukuizyoeisyusai
上映会主催に関するお問合せ事務局 澤 :090-5536-9172



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