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シネマde憲法
映画『新聞記者』
 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


 黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』、山本薩夫監督の『金環蝕』『不毛地帯』など、政治をレベルの高いエンターテイメントとしてヒット作にすることは1960〜70年代の作品に多かったのですが、日本映画の中では、このところすっかりご無沙汰な気がします。
 アメリカ映画などでは、かつての『大統領の陰謀』はじめ、最近ではチェイニー副大統領を描いた『バイス』(2019年4月15日紹介)や、ブッシュ大統領とイラクの「大量破壊兵器」問題を題材にした『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2019年5月6日紹介)など、観客動員も確かなひとつのジャンルになっています。この映画は、日本では久々の、今の政治をどこまで見せてくれるのか、ある意味ハラハラドキドキのエンターテイメントです。

【ストーリー】
 東都新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届いた。日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、ある思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、真相を究明すべく調査をはじめる。
 一方、内閣情報調査室官僚・杉原(松坂桃李)は葛藤していた。
 「国民に尽くす」という信念とは裏腹に、与えられた任務は現政権に不都合なニュースのコントロール。愛する妻の出産が迫ったある日彼は、久々に尊敬する昔の上司・神崎と再会するのだが、その数日後、神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。
 真実に迫ろうともがく若き新聞記者。「闇」の存在に気付き、選択を迫られるエリート官僚。
 二人の人生が交差するとき、衝撃の事実が明らかになる!(『新聞記者』公式サイト「ストーリー」より)

 私が新宿の映画館にこの映画を見ようと出かけたときには、土曜日の昼ということもありましたが、2回先の上映まで満席、4時間以上待たなければ入れないという盛況でした。こういう映画に、そんなに人が関心をもつものか、ちょっと驚いたのですが、比較的若い人たちがこの映画を見たいと思ってくれたようです。自分たちの知らない、政治の暗部に触れるミステリアスな「恐いもの見たさ」があるのでしょうか。

 新聞社内の人間関係の描き方は、これまでもいろいろ描かれてきた社会であるし、その内部を知っている人たちから見れば、いろいろ感想はあると思います。
 問題は、今回の話の相手の「内閣情報調査室」です。それについては誰も何も本当のところは知らない。いろいろとその悪い噂を聞いている私たちから見ても、あまり描き方がリアルではないし、そこでの演出・演技も通り一遍のフィクションの描き方に見えます。テレビ番組などで、警察内部の人間関係の描き方の域をあまり出ていないのではないかと思います。
 ただ「内閣情報調査室」に働く人からは、おそらく表だったクレームや批判は来ないでしょう。(後ろからの圧力はあるのかもしれませんが。)内閣情報調査室自体が、そこで何をやっているのかを隠す存在だからです。
 よくアメリカのアクション映画や政治ものでは、たいてい悪役はCIAが任せられます。(最近では、国家安全保障局?)「陰謀、謀略、戦争、クーデター、政権転覆もすべてCIAが後ろで画策している」、「CIAが仕掛けたのだ」という風に話はできています。誰もそれに反論しないし、そんなことはないとわからせるためには秘密とされている部分を明らかにしなければならないし、そんなことをしたらその存在自体危機に陥るからです。
 軍隊も同じです。彼らは秘密をつくらなければ成り立たないことをたくさんやっています。その秘密が社会的に通用することになってしまっては、存在そのものが危機にさらされます。だから「緊急事態」などといって戦時体制を作り出し、法治国家の枠外、民主社会の外側に行きたがるのです。
 今の内閣もまた同じです。証拠を隠したり、文書を捏造したり、破棄したと言い張ったり、頼んだことを受け取らなかったり、そんなものなかったことにしない限り、存在ができなくなってしまう。この国の中枢であり、頂点が今そんな状況なのです。
 そうした意味で、「内閣情報調査室」という謀略を仕事にする怪しい組織が存在しているらしいことを、フィクションとして知らしめたこと、イメージ付けたこと、それを少なくない観客が見たいと詰めかけたことはとても価値あることかもしれません。

 もうひとつのテーマである「メディアの弱体化」。ここではテーマとしては、それを問題としても、ストーリーは「記者たちのガンバリと活躍」で、それをはね除けたということになっています。それはこの作品の原作の望月衣塑子さんの『新聞記者』に書かれている新聞社及び記者の現在進行形の姿であり、また、よくある話かもしれません。
 しかし、その「今のメディアの現状や問題」を、主人公や登場人物がセリフとして語るのではなく、それらについての当事者たちの討論の形で使った手法は秀逸です。つまりテレビの画面から流れてくる当事者(新聞記者、元文部科学事務次官、元ニューヨークタイムズ東京支局長、ジャーナリスト)が、「今のメディアの問題」を語る発言を聞かせて、この映画の物語の前提となる問題をわからせてしまうからです。

 主人公のシム・ウンギョンの演技、私は好感がもって見てました。感情的な過剰な演技をせず、かつみんなに受けるような「格好良く」形だけを演じることをしなかったからかもしれません。日本人俳優とは違ったことばの演技の不自由さのようなものがかえって、そういう人物がいたというリアリティ、存在感を残しました。

 監督は33歳といいます。しっかりと腰の据わった、自分が描こうとしていることが何かをしっかりとつかんでいる演出と思いました。こうした作り手なり、演じ手がしっかり腰を据えて作品を作り続けることができる、つまり多くの人が見て「おもしろかった」と思わせる土壌ができていけば良いなと思いました。

 役人や関係者が自殺してはじめて問題が発覚する、そんな痛ましいことが、昨年の事件でもありました。がんばるものが一番先にやられる、そうした息苦しさ、不正が不正とされないまま放置されるやりきれなさ、少しでもそうした社会の空気を感じている人がその原因はどこにあるのか、考えるきっかけになれば良いなと思いました。

【スタッフ】
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子 河村光庸
脚本:詩森ろば 高石明彦 藤井道人
企画・製作:河村光庸
エグゼクティブプロデューサー:河村光庸 岡本東郎
プロデューサー 高石明彦
共同プロデューサー:行実良 飯田雅裕 石山成人
撮影:今村圭佑
照明:平山達弥
録音:鈴木健太郎
美術:津留啓亮
衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:橋本申二
編集:古川達馬
音楽:岩代太郎
主題歌:OAU
演出補:酒見顕守
ラインプロデューサー:平山高志

【キャスト】
シム・ウンギョン:吉岡エリカ
松坂桃李:杉原拓海
本田翼:杉原奈津美
岡山天音:倉持大輔
郭智博:関戸保
長田成哉:河合真人
宮野陽名:神崎千佳
高橋努:都築亮一
西田尚美:神崎伸子
高橋和也:神崎俊尚
北村有起哉:陣野和正
田中哲司:多田智也
望月衣塑子 (本人)
前川喜平 (本人)
マーティン・ファクラー (本人)
南彰(本人)

2019年製作/日本映画/113分

配給 :スターサンズ、イオンエンターテイメント
公式サイト:https://shimbunkisha.jp/
上映情報:新宿ピカデリー始め全国上映中

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