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シネマde憲法
映画『立ち上がる女』(原題:Woman at war)
 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


 「すごい!」「激しい!」。しかしそれでいながら話の進みがどこか静謐さをたたえているように感じるのは、荒涼とした人気のないアイスランドの風景を背景に物語が進むからでしょうか。情熱的な、熱い話でもあるにもかかわらず、その熱さをあまり感じさせない。主人公がコツコツとテロリストのような直接行動を実行する、深刻な抗議の行動であるにもかかわらず、ユーモアに満ちた牧歌的なほほえましささえ時に感じさせる、その矛盾した感覚に見る者を混乱させ、それでいながら十分に堪能し、楽しませる映画です。

 風光明媚なアイスランドの田舎町。セミプロ合唱団の講師ハットラには、謎の環境活動家「山女」というもう一つの顔があり、地元のアルミニウム工場に対して孤独な闘いを繰り広げていた。そんな彼女のもとに、長年の願いであった養子を迎える申請がついに受け入れられたとの知らせが届く。ハットラは母親になる夢を実現させるため、アルミニウム工場との決着をつけようと最終決戦の準備に取り掛かるが……。(「映画.com」『立ち上がる女』より引用)

 闘いに挑むハットラの姿は、どこかギリシャの神話の神々の姿を彷彿とさせられます。孤独な戦士です。ジャンヌダルクのような、とも、一瞬、思ったのですが、それは違うとすぐに思いました。ハットラは人前には立たない、人々を煽ったり、導いたりはしない、あくまで自分の信念に自分の内なる声にのみ従って孤独に闘う戦士だからです。
 その彼女の直接行動、彼女がどうしてこのような闘いを行うに至ったのか、その原因や動機を、映画は多くを説明していません。彼女の最も大切な、そして世界を、地球を守るために、それらを壊そうとしているものに彼女は、敢然と一人で闘いを挑むことを決めたのだからです。彼女は自分と世界を見つめる生活者であるとともにラジカルな実行者です。
 その直接行動、戦士の闘いぶり。それが孤独な闘いであればこそ美しく、痛快です。彼女の闘い方は用意周到で、すべてを想定して準備し、それらを効果的に使って、一人で闘い抜くからです。たとえば彼女の姿を探索するドローンを弓で撃つところ。まさにギリシャ神話の射手ケイローンの美しさです。獲物を捕らえ、仕留め、たたきつぶす様に思わず快哉を叫びたくなってしまいます。

 そのハットラの闘いに交錯するストーリィとして、ウクライナの紛争で家族を失った4歳の少女ニーカを養女として受け入れる話があります。まだ見ぬ少女の境遇、それをハットラがどう感じているか、それが彼女の行動の一つの動機なのでしょう。彼女が地球環境を、未来の生命をどうとらえているか、それが彼女を突き動かしていることをニーカの存在が語らせています。

 三人の男性の楽隊、民族衣装の三人の女性の合唱隊の突然の登場にはじめは、とても面食らいました。しかし彼らが何なのかはすぐにわかり、なじみになりおもしろく感じました。多くの伴奏音楽がそうであるように、主人公の心象や内なる思いを奏でるのが彼らの役割です。そしてまたハットラの行動のそばのあちこちに姿を現し、孤独に闘うハットラが「ひとりでない」ことを感じさせ、どこか和ませるものをもたらす演出です。彼らが自分たちの出番を控え、情況を固唾をのんで見守っているような姿には思わず笑ってしまいました。上質な暖かいユーモアであり、それがこの映画を見守る監督の目線そのものなのかもしれません。
 
 彼女の闘いは孤独でもあるし、その闘い続ける情念は、すべての人が是とするものではないかもしれません。むしろかなりエキセントリックな、また多分に迷惑な人と映るでしょう。人を傷つけないからと言って破壊者、犯罪者に変わりない。
 しかしながら、彼女に信念を持たしているのは、自然を、地域を、自分自身や娘を守るという一念です。彼女の秘めた行動と、一所懸命な日常生活、そのどこかユーモラスな描き方が彼女に好意を感じさせ、彼女と行動をともにし、その成功に快哉を叫びたくなるのでしょう。
 そしてこの映画を見る人は、さて、自分たちの闘いはどうなのか、どうなっているのか、一人でも闘っていくものがあるのか、はたしてそれをやっているのか、いろいろいろいろ、想い起こし、考えさせられるのです。
 エンターテイメントとしても、よく出来ていると共に、何か自分の日常を見直し、深いところで自省させられる映画のようです。

【スタッフ】
監督:ベネディクト・エルリングソン
製作:マリアンヌ・スロ ベネディクト・エルリングソン カリネ・ルブラン
プロデューサー:ビルギッタ・ビヨルンズドッティル、ベルグステイン・ビヨルグルフソン
脚本:ベネディクト・エルリングソン オラフル・エギルソン
撮影:ベルグステイン・ビヨルグルフソン
美術:スノッリ・フレイル・ヒルマルソン
衣装:シリビア・ドッグ・ハルドルスドッティル
音楽:ダビズ・トール・ヨンソン

【出演】
ハットラ/アウサ:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル
ズヴェインビヨルン:ヨハン・シグルズアルソン、
バルドヴィン:ヨルンドゥル・ラグナルソン、
ニーカ:マルガリータ・ヒルスカ
首相:ビヨルン・トールズ
大統領:ヨン・グナール

2018年/アイスランド・フランス・ウクライナ合作/101分
2018年 カンヌ国際映画祭批評家週間劇作家作曲家協会賞
2019年 アカデミー上アイスランド代表作品
2018年 モントリオール・ニューシネマ映画祭最優秀女優賞
2018年 バリャリッド国際映画祭 最優秀女優賞
2018年 ラックス賞最優秀作品賞受賞
2018年 ハンブルク映画祭アートシネマ賞
2018年 ノルディック映画祭 受賞
2018年 セヴィル・ヨーロッパ映画賞 観客賞受賞

配給:トランスファーマー
公式ホームページ:http://www.transformer.co.jp/m/tachiagaru/

上映情報:名画座系(下高井戸シネマ・フォーラム八戸、盛岡ルミエール、フォーラム福島、深谷シネマ、シネコヤ[神奈川]、桜坂劇場)などでこれから上映

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