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憲法by中学教科書

 

第12回「世界恐慌と日本の中国侵略」


1、教科書に書いてあること

第一次世界大戦後の世界経済の中心となったアメリカで、1929年に株価が暴落し、銀行や工場がつぶれ、その混乱が世界中に広がりました(世界恐慌)。ソ連でスターリンによって工業化と農業の集団化という社会主義の計画経済が発展していく中で、各国は経済の立て直しを迫られました。
1933年、ルーズベルト大統領はそれまでの自由経済から方針を転じてニューディール政策をとりました。政府が積極的に公共事業をおこし、国民の購買力を高め、経済が立ち直っていきました。
世界恐慌の中で、イギリスやフランスは本国と植民地との関係を密接にし、関係の深い国々だけで経済を成り立たせるブロック経済政策をとりました。
第一次世界大戦の敗戦国ドイツでは、1933年にヒトラーの率いるナチスが政権をにぎり、反民主主義・反自由主義をかかげる全体主義の政治を始め(ファシズム)、ユダヤ人を迫害し、国際連盟から脱退して領土拡大をはかりました。イタリアでもファシズムの政治が始まり、ムッソリーニがエチオピアを侵略しました。
世界恐慌は日本経済にも打撃をあたえ、深刻な不況になる(昭和恐慌)中で、1931年、中国満州における権益を確保するため、軍部が満州を占領し(満州事変)、翌年満州国を建国させ、実質的に支配しました。海軍将校が犬養毅首相を暗殺し(五・一五事件)、軍部の力が強まっていき、満州国の建国を認めなかった国際連盟を脱退しました。1936年には陸軍の青年将校が首相官邸などを襲撃し(ニ・二六事件)、共産主義勢力の進出に対抗するという理由で日独防共協定を結び、翌年にはイタリアも加わることになりました。
満州を実質的な支配下に置いた日本は、1937年の盧溝橋事件によって日中戦争を開始し、首都南京で大虐殺をおこないました。内戦をしていた国民党と共産党が協力して中国が日本に対抗するようになり、日中戦争は総力戦となりました。1938年、日本で国家総動員法が公布され、経済が統制され、また自由主義的な思想や学問も弾圧されました。朝鮮では皇民化(こうみんか)の名のもとに日本語の使用が強制され、朝鮮の人々も戦場に動員されました。


2、憲法の視点で理解しておきたいこと

●ファシズムとは何か、どのような社会状況の中で生まれたか

こんにちの日本国憲法は戦前の軍国主義やファシズムへの反省から生まれたという側面を持っています。ファシズムとはどのようなものなのか、それはどのような社会状況の中で生まれ広がったのかを理解しておきましょう。

 

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