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憲法by中学教科書

 

第11回「第一次世界大戦とアジア・日本」


1、教科書に書いてあること

 20世紀はじめ、欧米列強は世界中で植民地を広げる機会をねらっていました。列強の利害と民族・宗教の対立から、「ヨーロッパの火薬庫」とよばれたバルカン半島での紛争を契機に、1914年に第一次世界大戦が始まりました。第一次世界大戦では、ドイツ、オーストリア、トルコからなる同盟国とロシア、フランス、イギリスからなる連合国の総力戦となりました。
 総力戦が長引く中で、ロシアで戦争や皇帝の専制に対する不満が爆発し、1917年に社会主義を唱えたレーニンがソビエト政府を樹立しました(ロシア革命)。ソビエト政府は土地を農民に分配し、銀行・鉄道・工場などを国営としました。
 1918年、第一次世界大戦でドイツが降伏し、ベルサイユ条約が結ばれ、ドイツは巨額の賠償金を払うことになりました。そして、民族自決を唱えたアメリカのウィルソン大統領の提案で、世界平和と国際協調をうたう国際連盟ができました。
 内戦と列強の干渉を切り抜けたロシアのソビエト政府は、1922年にソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)を成立させました。ロシア革命は各国にも影響し、各国で労働者の権利が認められ、参政権が拡大しました。1919年にはドイツでワイマール憲法が制定されました。
 第一次世界大戦の最中の1915年に、日本は中国におけるドイツの権益の継承などの二十一か条の要求を中国に認めさせると中国の反日感情が高まり、1919年5月4日の北京での学生集会を期に帝国主義反対の五・四運動が広がりました。また、日本の植民地支配のもとに置かれていた朝鮮でも、1919年3月1日に日本からの独立宣言が知識人らによって発表され、三・一独立運動が広がりました。
 その頃、日本でも憲政擁護運動=護憲運動が広がりました。大正デモクラシーが叫ばれ、自由主義の風潮が高まりました。政党政治が発展し、本格的な政党内閣として原敬内閣ができました。労働運動や小作争議も広がりました。全国水平社が結成され、部落解放運動が組織され、平塚らいてうらによって女性解放の運動も広がりました。1925年には普通選挙法が成立しました。同時に治安維持法も制定され、共産主義に対する取りしまりが強められました。
 大正期には西洋風の生活様式が流行し、新聞・ラジオの普及とあいまって大衆文化が広がりました。芥川龍之介もこのころに優れた文学作品を発表しました。

2、憲法の視点で理解しておきたいこと

●ロシア革命やワイマール憲法というものを考える

ロシア革命はどのような人々のどのような要求にもとづいていたのか、ワイマール憲法の制定はどのような人々のどのような要求にもとづいていたのか、ということを理解し、考えてみましょう。

 

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