法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

憲法by中学教科書

 

第10回 日清・日露戦争と近代産業


1、教科書に書いてあること

19世紀後半、イギリス、ドイツ、アメリカ、フランス、ロシアはアジアやアフリカの地域への経済進出をすすめ、軍事力によって植民地としていきました(帝国主義)。
日本も欧米諸国との間の不平等条約の改正をはかりながら、朝鮮半島での勢力確保をはかっていきました。
朝鮮をめぐって中国と対抗していた日本は、1894年に日清戦争で勝ち、翌年に下関条約で中国の遼東半島や台湾などを領有することになりました。その後日本はロシア・ドイツ・フランスによる返還要求(三国干渉)によって、遼東半島を中国に返還しましたが、以降大規模な軍備拡張をはかりました。
日本や欧米列強の進出を受けていた中国での排外運動が日本などに鎮圧された(義和団事件)後、1902年、日本は日英同盟を結び、1904年には中国への進出をはかっていたロシアとの日露戦争に勝ち、ポーツマス条約(1905年)で中国における権益を広げました。
1910年、日本は、1897年に中国から自立していた韓国も併合しました。
中国では列強の圧迫を受けていた清をたおす運動が始まり、1911年、多くの省が清から独立し(辛亥革命)、翌年には三民主義を唱えた孫文が臨時大統領となりました(中華民国の成立)。中華民国は袁世凱の政治の後、各地に軍閥が割拠することになりました。
19世紀後半、日本では紡績、製糸などが発展しました。官営の八幡製鉄所もつくられました。三井、三菱、住友、安田などの資本家は財閥として成長していきました。
この時期には西洋文明も取り入れられ、黒田清輝ら西洋の画風を紹介しました。また、夏目漱石や森鴎外が西洋文明をえがく小説を発表しました。

2、憲法の視点で理解しておきたいこと

日本国憲法の平和主義ができる背景にある、日本が中国や朝鮮に進出していった歴史の事実は正しく理解しておきましょう。

 

[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]