法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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憲法by中学教科書

 

第9回 明治維新


1、教科書に書いてあること

 1868年、江戸幕府にかわってできた新政府は五箇条の御誓文を定め、天皇中心の中央集権国家づくりに着手しました。1869年、土地と人民を政府に返させ(版籍奉還)、つづいて1871年に藩を廃止して県を置き(廃藩置県)、中央から府知事や県令を派遣して治めるようにしました。古い身分制度は廃止され、平民の移転や職業の制限もなくなりました。えた、ひにんなどの呼び名も廃止されました(「解放令」)。ただし、その職業、結婚、住居などでの差別は続きました。
 新政府は欧米の強国に対抗するため、富国強兵の政策をとり、徴兵令を出し、20歳以上の男子に兵役の義務を課しました。また、国家財政を安定させるため、土地の所有者に課税する地租改正を実施しました。さらに、学制を公布して教育の普及をすすめました。
 新政府は近代産業の育成する殖産興業の政策もすすめ、官営工場をつくったり、交通・通信などを整備しました。欧米の文化も取り入れられ(文明開化)、信仰の自由も認められるようになりました。人間の平等を説く福沢諭吉などの思想が広がりました。
 新政府は岩倉具視を全権大使とする使節団を欧米に派遣し、その政治や産業を学んできました。
 新政府は清と日清修好条約を結んだ後、朝鮮に開国をせまる征韓論が高まり、日朝修好条約を結び、日本と中国は朝鮮に対する主導権をめぐる対立を深めていきました。新政府は琉球が日本に帰属することを認めない清に出兵し、賠償金を得て、沖縄県を設置しました(琉球処分)。
 朝鮮開国をめぐる政府内の対立の中で、板垣退助は国民が政治に参加する道を開くべきという民撰議院設立の建白書を発表しました。また、大久保利通の専制的な政治を批判し、西郷隆盛らが武力蜂起しました(西南戦争)。西南戦争は政府軍によって鎮圧されましたが、国民の参政権確立を要求する自由民権運動が広がりました。各地で国会の開設と憲法制定を求める運動がおこり、自由党や立憲改進党という政党が結成されました。政府は内閣制度を創設し、1889年に大日本帝国憲法を発布しました。
 帝国議会が開設されて立憲政治が始まりましたが、選挙権は制限されました。大日本帝国憲法は元首である天皇を中心とする国のしくみを定めるものでした。

2、憲法の視点で理解しておきたいこと

●フランスやアメリカの憲法と大日本帝国憲法はどう違うか

フランスやアメリカでつくられた憲法と大日本帝国憲法の違いについて考えてみましょう。それぞれ、どのような人々がどのような目的で憲法をつくったのでしょうか。

 

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