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憲法by中学教科書

 

第6回 江戸幕府の成立と鎖国


1、教科書に書いてあること

 豊臣秀吉の死後、徳川家康が実権をにぎり、1603年に江戸に幕府を開きました。江戸幕府は将軍が大名に領地=藩をあたえ、大名に対して1年おきに領地と江戸を往復させる参勤交代を課し、外様大名は江戸から遠くの地域に置きました。そして、武家諸法度という法律を定め、大名に対する支配体制を確立しました。また、全国の重要な都市や鉱山を直接支配し、天皇や朝廷を監視し、政治上の力をもたせないようにしました。
 徳川家康は西国の大名などに朱印状をあたえ、東南アジアの国々と貿易をおこないました(朱印状貿易)。ところが、貿易が発展する中で、キリスト教の信者が増え、スペインやポルトガルの軍事力と結びついて幕府に反抗することをおそれるようになりました。そして、江戸幕府はキリスト教徒を迫害し(島原・天草一揆の鎮圧など)、朱印船貿易も廃止し、鎖国の体制をしくことになりました。なお、鎖国の体制の下でもオランダ船と中国船が長崎に来航しました。また朝鮮通信使が将軍の代がわりごとに来る慣例となり、朝鮮との間の輸出入も広がりました。また、琉球やアイヌの人々も中国大陸の人々との交易をしていました。
 江戸時代の人々の身分は武士と百姓・町人に大きく分かれ、城下町には支配身分である武士と町人が集められました。町人のうち地主や家持は町の運営に参加しましたが、多くの借家人は日雇いや行商などで暮らしました。全人口の約85%をしめた百姓は土地をもつ本百姓と土地をもたない水のみ百姓に区別され、有力な本百姓らに村の自治をになわせ年貢の徴収などをおこなわせました。
 江戸時代には、百姓・町人とは別に、「えた」、「ひにん」などの身分の人々がいました。「えた」は死んだ牛馬の解体や皮革業などで生活しました。「ひにん」は役人の下働きをつとめて生活しました。「えた」や「ひにん」は村の行政や祭礼への参加もこばまれ、他の身分からきびしく差別されました。

2、憲法の視点で理解しておきたいこと

●人々の支配にあたっての宗教の取り扱い

こんにちの憲法には「信教の自由」が認められていますが、かつてはそうではありませんでした。権力をもつ人々が宗教というものをどのように取り扱ってきたのか、その歴史を理解しておきましょう。

 

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