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憲法by中学教科書

 

第5回 ヨーロッパ人との出会いと全国統一


1、教科書に書いてあること

  14・15世紀の頃、ヨーロッパではギリシャ、ローマの文明を学びなおす学問・芸術がさかんになり(ルネサンス)、16世紀にはドイツのルターたちがキリスト教会の腐敗をただす宗教改革を進めました。イエズス会はカトリック教会の立て直しをめざすとともに、アジアやアメリカ大陸にも信仰を広めようとしました。ポルトガルの商人たちは海路でインドに達し、香辛料などの買い入れを始め、コロンブスのアメリカ到達後、スペインのアメリカ大陸での植民地支配が始まりました。16世紀末にはオランダが海外拠点を広げました。1543年、ポルトガル人が種子島に流れ着き、やがて長崎を中心に南蛮貿易が始まり、日本に鉄砲が広がりました。また、フランシスコ・ザビエルなどイエズス会の宣教師が日本でもキリスト教を普及するようになりました。
 尾張の戦国大名・織田信長は1573年に室町幕府をほろぼし、その後城下には楽市・楽座の政策をとって商工業の発展をはかりながら、勢力を拡大し天下統一をめざしました。信長の死後、1590年に豊臣秀吉が全国統一をはかりました。秀吉は全国の土地をすべて統一的な基準であらわすことにしました(太閤検地)。また、金山や銀山を開発し、統一的な金貨・銀貨も発行しました。さらに、荘園領主などの権利を否定し、刀狩によって農民や寺から武器を取り上げ、武士と農民の身分区別を明確にしました(兵農分離)。秀吉は朝鮮や明(中国)の征服もめざし、朝鮮に大軍を派遣しましたが、それは実現しませんでした。
 このころの桃山文化は大名や大商人の権威を示す壮大で豪華なものでした。千利休は秀吉に仕え、茶の湯の作法を完成させました。南蛮貿易と宣教師の普及活動の結果、西洋の新しい学問・技術も伝わり(南蛮文化)、桃山文化に大きな影響をあたえました。

2、憲法の視点で理解しておきたいこと

●統一的な国家とは何かを考える。
豊臣秀吉によってようやく日本という統一的な国家の形成がすすみました。憲法は国家の基本法ですが、国家とはいったいどういうものかをあらためて考えてみましょう。

●ヨーロッパの学問・文化の日本への影響を考える。
ヨーロッパの学問や技術、文化の日本への伝来は日本に大きな影響をおよぼしました。それはこんにちでも同じです。世界の国々の垣根が低くなってきているともいえますし、一方で国というものの役割が大きくなってきています。具体的な歴史の経過を理解しておきましょう。

 

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