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第41回<被害者参加制度>


 犯罪被害者の視線で見ると、納得できない制度が刑事裁判の手続の中にはいくつもあると指摘されることがあります。責任能力によって無罪になったり、時効によって処罰されなくなったり、被害者の救済よりも犯人の更生を考えているのではないかと思えたりする場面があるからです。ですがこれらの制度はどれも近代刑事裁判制度の発展とともに生まれてきたもので、それぞれ理由があります。刑事裁判が、単純に被害者の代わりに国が復讐する制度であるならば、もっとわかりやすかったかもしれません。
 ですが、刑事裁判は被害者の復讐心を満足させるために被害者と加害者が対決する場ではありません。そこに被告人として登場している人が真犯人つまり加害者かどうかわからないから裁判があるのです。被告人が否認している場合はもちろん、仮に自白している場合であっても、真犯人かどうか慎重に調べなければなりません。
 実は、刑事事件の法廷はそもそも加害者が誰かを見つけ出す場ですらないともいえます。裁判所は検察官が起訴してきた事実があるかないかを証拠によって判断するだけです。裁判官が確信をもてば有罪、少しでも疑わしければ無罪です。裁判はそれで終わりです。積極的に真犯人つまり加害者を見つけるのは法廷における裁判官の仕事ではありません。あくまでも検察官が起訴した事実について受け身で判断するだけなのです。
 そして刑事裁判では無罪の推定という基本原則が働きますが、これもわかりにくいかもしれません。たとえば、10人の凶悪犯人が捕まって裁判になったとします。9人は真犯人ですが、1人だけ無実の人が紛れ込んでしまいました。でも誰が無実かわかりません。さあ、あなたが裁判官ならどうしますか。全員有罪か全員無罪か、究極の選択です。全員有罪にすれば、社会の治安は維持されるかもしれませんが、1人の無実の市民が犠牲になります。憲法は国家や社会のために個人を犠牲にしてはいけないとして「個人の尊重」を憲法の根本に置きました(13条)。ですから、この場合には全員無罪として釈放しなければなりません。これを無罪の推定といいます。
 裁判は人間が行います。どうしても間違いが起こります。そのときに、真犯人を取り逃がす聞違いと、無実の人が処罰されてしまう間違いとどちらの方がより許容できるかという選択の問題です。文明国家では後者があってはならないとして無罪の推定原則が生まれたのです。
 この裁判も重大な人権侵害を伴う権力の行使ですから、裁判官の独善が許されてはなりません。国民がしっかりと監視し、国民の信頼に耐えられるような裁判である必要があります。そのために、裁判は公開され(82条)、弾劾裁判所(64条)や最高裁判所裁判官の国民審査(79条2項)といった制度も憲法上定められています。そこにさらに、国民が裁判に参加し、権力を監視するべきだとして生まれたのが2009年から実施される裁判員制度です。
 そもそも監視する側の国民が無罪の推定を理解していなければ、この制度の意味がありません。裁判中にもかかわらず、被告人を凶悪犯人と決めつけて攻撃したり、その弁護士をテレビで評論家が批判したりするようでは国民による裁判の監視ではなく、リンチになってしまいます。被害者の立場でものを考えることはとても大切なことですが、裁判の場面では冷静に理屈で考えないと判断を誤ります。
 先月、刑事裁判に被害者が参加する制度が創設されました。国家と被告人の対立というこれまでの刑事裁判の仕組みの中に、被害者と加害者の対立が持ち込まれ、刑事裁判が一層わかりにくくなってしまいました。このような状態で裁判員制度を導入することは極めて危険です。もちろん、無罪の推定など捨て去って、被害者が検察官と一緒になって加害者を懲らしめ、復讐心を満足させる場が刑事裁判だと割り切ってしまえば話は簡単です。ですが、それは憲法が許しません。あくまでも無罪の推定は憲法の要請です。
 加害者を処罰してほしいという被害者の気持ちは真犯人に向けられているはずです。真犯人かどうかわからない法廷の被告人に対してその怒りをぶつけてもそれは筋違いです。一般市民である裁判員はこの被害者の思いを感情ではなく、理性と知性によってうまく自分の中で整理しなければなりません。その力量をもっていないと、国家による最大の人権侵害の加害者になる危険があります。犯罪被害者の救済と刑事裁判の役割を区別できる国が真の民主主義国家であることをしっかりと理解しておいてください。
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