法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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第32回<安倍「改憲」で「美しい国」に?>


安倍首相は5年以内の新憲法制定をめざすそうです。もう一度、昨年10月に発表された自民党の新憲法草案を見てみましょう。
まず、前文です。2項冒頭に象徴天皇制の維持が謳われ、そのあとに国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という価値が並びます。あくまでも天皇制の下での国民主権にすぎないというわけです。3項では、「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し」として、国民に国防の義務や愛国心を課したあとに、自由、福祉、教育、文化、地方自治という価値を並べます。自由よりも国民の責務が先にくるのです。
また4項では、「圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。」というのですが、そのための手段の限定がありません。アメリカがイラクに押しつけているような、軍事力による正義の押しつけも可能になります。
次に9条の平和主義ですが、まず、第2章のタイトルが「戦争の放棄」から「安全保障」に変わりました。つまり「戦争の放棄」を放棄してしまったのです。現憲法の9条は1項で侵略戦争を放棄し、2項によって一切の戦力を持たない、国の交戦権を認めないとした結果、自衛戦争も含めていっさいの戦争を放棄したと解釈されているため、2項こそ重要なのですが、その2項をあっさり削除しています。
そして9条の2において自衛軍を創設するのですが、1項ではその目的として、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、・・・自衛軍を保持する。」とします。国民の安全は最後です。軍隊が「国」のためのものであり、私たち一人一人の国民の生命や財産を守るためのものではないことがよくわかります。また2項では、自衛軍の活動は「国会の承認その他の統制に服する」とされ、国会の承認はなくてもよいという規定になっています。これでは文民統制も骨抜きです。
3項では自衛軍の活動が規定されます。「一項の任務を遂行するための活動」、「法律の定めるところにより、…国際的に協調して行われる活動」、「緊急事態における公の秩序を維持」するための活動の三つです。二つ目の海外での活動は法律の定めるところによることになっていますから、憲法では何の歯止めもかかっていません。そのときの与党の判断で、いくらでも海外で自衛軍が活動できることになっています。
そもそも憲法は法律によってもできないことを予め明確にするところに存在意義があるのですが、このように法律に丸投げしたのでは、憲法自身がその役割を放棄しているといわざるをえません。また、三つ目の活動は、デモ行進などに対して自衛軍の銃口が向けられることを意味します。かつての安保闘争の際には、機動隊という警察権しか発動されませんでしたが、これが軍隊になるとどれだけの犠牲が国民に出るかわかりません。
12条は国民の責務を規定します。「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ」とあります。これは誤解を生みます。権利を持つ人の相手方は義務を負担しますが、権利者自身に当然のように義務が発生することはありません。国民に人権という権利を保障するから国防の義務も負担しろといいたいのかもしれませんが、それは間違いです。国民の相手方である国家に、人権を守る義務が生じるだけです。
そして、「常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。」とあります。ここでも自由の上に公益と公の秩序が大きく覆いかぶさってきています。現憲法では「公共の福祉」による制限が認められるだけです。この公共とはパブリック、つまり人々を意味します。よって、国民は人々の福祉のために人権を利用する責任を負います。それが天皇や国家の利益を表す公益に変わっています。一人一人の自由や人権よりも、公益、国益の方が価値が上で、国防や愛国という国益のためにすべての人権が制限されることになります。
20条3項では、「国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他宗教的活動・・・を行ってはならない」として、社会的儀礼の範囲内の宗教活動を認めています。総理大臣が靖国参拝を堂々と行えるようにしているのです。
22条の職業選択の自由(これは企業活動の自由を含みます)においては、現憲法にある「公共の福祉に反しない限り」という歯止めがはずされています。現憲法が、ここであえて公共の福祉を再び明言しているのは、経済的弱者を保護するために、強者を制限することを認めるためです。それをはずすのですから、自由競争は無制限に許され、格差社会を助長する方向性を示したものといえます。
こうしてみると、どのような国をめざそうとしているのかがよくわかります。これが本当に「美しい国」なのか、よくよく考えてみる必要があります。
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