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第30回<「敵基地攻撃論」と暴力の連鎖>


北朝鮮のミサイル発射実験はたとえ国際法違反がなかったとしても周辺国への配慮を欠いていますから、非難されるべき行動だったかもしれません。ですが、日本の反応は突出していました。今回はこの問題を暴力の連鎖という点から考えてみたいと思います。
世界でもっとも平和的な憲法を持つ日本が、軍事制裁への道をも開くもっとも強硬な国連決議を求めていました。それどころか政治家の口から敵の基地を攻撃することも検討するべきだという議論(敵基地攻撃論)が出てきました。
北朝鮮が保有するミサイルのうち、日本を射程に入れたものがあるそうです。それらはひとたび発射されてしまうと、打ち落とすことが難しいため、ミサイルに燃料を入れ始めるなどの準備段階で、こちらから攻撃して発射基地を破壊してしまおうという議論です。一種の先制攻撃論ですが、攻撃される前に相手をやっつけておかないと日本を守れないというわけです。
こうした攻撃も自衛権の範囲内の行為として憲法でも許されると考える立場があります。憲法は九条二項で、戦力は持たないと宣言しています。その結果、自衛戦争もできません。ですが、政府は自衛権は独立国家であればどこの国も持っているので、自衛のための実力を行使することはできるというのです。自衛のための戦力は持てないが、実力なら大丈夫というわけです。戦力と実力の違いはどこにあるのかというと、自衛のために必要最小限度のものは実力として許されるけれども、それを越えると戦力となってしまい認められないというのです。
必要最小限度かどうかは、そのときどきの国際情勢によって変わりますから、他国との緊張関係が高まって、自衛のために必要であれば、敵の基地を攻繋したり、場合によっては核を持ったりすることも憲法上は許されることになります。これでは事実上、なんでもありとなってしまい、憲法で軍事力に歯止めをかけて、戦争をしないと宣言した意味がなくなってしまいます。
憲法は多数決によってもやってはいけないことを予め規定したところに意味があります。そのときどきの国民の多数派が雰囲気に飲まれてしまってわーっと暴走してしまいそうなときに、歯止めをかけるのが憲法の役割です。政治家が他国からの脅威をあおって国民がそれに乗せられてしまい、冷静な判断ができなくなる危険性があるので、予め危なっかしい軍事力は持たないことにしたのです。こうした憲法の趣旨からすると、自衛のためならなんでもOKなどという解釈はとうてい正しい憲法解釈とはいえません。軍隊を持たないと言っている憲法の下でもこうした状況ですから、平和を維持するためには軍隊も必要という声に惑わされて、自衛隊を自衛軍に変えて戦争のできる国にしてしまえば、なんの歯止めもなく日本の軍隊が外国に出ていくことになります。
さて、九条の解釈としても問題がある敵基地攻撃論には他にも問題があります。まず、敵の基地を先制攻撃したとしても、それで争いが終わるわけではないという点です。むしろそこからお互いの憎しみの連鎖が始まり、国民はテロの危険に晒されることになります。相手が大規模な反撃に出たら全面戦争に突入してしまいますが、その暴力の連鎖の引き金を日本が引くことになるのです。
また、こうした攻撃の準備をすることは、かえって周辺諸国との緊張をたかめ、相手国に軍備増強や攻撃の口実を与えるだけです。ますますアジアで孤立してしまい、安全保障にもっとも必要な周辺諸国との信頼関係を築くことができなくなってしまいます。
さらに、ミサイル防衛などの軍事力の競争は莫大な費用がかかります。これによって潤う企業もあるかもしれませんが、限られた国家予算を軍事費にまわすことは、これまで以上に、私たちの福祉にまわるお金が削られることを意味します。年金、医療、教育、子育て支援、そして災害対策など充実して欲しい分野は山ほどあるはずです。私たちの生活にとって、本当の脅威は何かをしっかりと考えなけれぱなりません。年間3万人以上が自殺をし、100万世帯を越える家庭が生活保護を必要としています。そしてひとたび災害が起こったとき、迅速に対応してくれるのでしょうか。
社会保障費の削減、格差社会、漠然とした不安感、そうしたうっぷんが溜まっている社会、理不尽に泣くしかない社会はとても健全とはいえません。今回のミサイル事件後に、民族学校の生徒達へのいやがらせがあったそうです。社会が健全でないと、このように不満のはけ口として暴力が自分より弱い者に向けられてしまいます。これもまた悲しい暴力の連鎖です。
憲法は、世界に先駆けて暴力の連鎖を止めようとしました。そのことの意味をもう一度考えてみる必要があると思います。
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