法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

中高生のための憲法教室

 

第23回<ビラ配りは犯罪か?>


「立川自衛隊官舎ビラ配り事件」で有罪判決が出ました。東京都立川市で長年、反戦運動をおこなってきた活動家が、防衛庁立川官舎ヘビラ配りのために立ち入った行為が住居侵入罪で起訴され、一審は無罪となりましたが、二審の東京高等裁判所で有罪となったものです。
「住居侵入罪」とは、他人の住居やその敷地内に勝手に入ってはいけないというものです。その家や敷地を管理している人の管理権を侵害するので、違法であり犯罪とされるのです。一種のプライバシー権侵害だといってもいいでしょう。
たしかに他人が勝手に自分の家の敷地に入りこんでくることは困ります。ですが、そうした行為があればつねに処罰されるわけではありません。もともと犯罪は、刑法の条文に書いてあることをやっても成立しないことがあるのです。
たとえば、刑法235条には、「他人の財物を窃取したものは窃盗の罪」とすると書いてありますが、となりにすわっている友人の机のうえのティッシユ一枚(これは「他人の財物」にあたります)をだまってもらって鼻をかんだとします。このときに10年以下の懲役刑が科される窃盗罪で処罰することは、不当です。そもそも処罰の必要性がないからです。
刑罰は最大の人権侵害ですから、ほんとうに必要最小限の刑罰を科すことが許されるだけです。刑罰に値するような行為をやっていない場合には処罰するべきではありません。
そしてその行為が処罰に値するかどうかは、そこでおこなわれた行為の目的や方法、相手方の侵害された利益の大きさなどを考慮して決められます。「なんのためにそのような行為をしたのか」も、重要な判断材料です。
私たちの権利はおたがいに衝突することがあります。そこではおたがいに少しずつガマンすることも必要です。たとえば、出版のような表現行為によって、公然と事実をしめして他人の社会的評価を下げてしまった場合には、名誉毀損罪の条文(刑法230条)にあてはまります。しかし、その表現行為が公益目的でなされたものであり、そこでしめされた事実が公共性をもつものであり、真実であれば、犯罪になりません。また、労働者が使用者と交渉しているときに、要求を受けてもなかなか事務所から立ちのかなかったとします。これは不退去罪にあたる行為です(刑法130条後段)。ですが、労働基本権(憲法28条)の行使なので処罰されないことがあります。
同じように住居侵入罪も、住居権者の意思やプライバシー権と、ここでビラを配りたいという人の表現の自由との衝突を、どう調整するかの問題となります。憲法上の重要な権利である「表現の自由」を重視する立場に立つのであれば、被害者の損害の大きさを考慮しつつ、その被害がそれほど大きくなければ、犯罪不成立とすることは十分に可能なのです。
刑法は住居侵入を犯罪として処罰することで、住居権者の利益を守り、かつ社会の秩序を維持しようとします。ですが、刑法でも憲法上の価値とぶつかるときには、一定限度で犯罪にすることをさし控えなければなりません。それは刑法よりも憲法のほうが上にあるからです。国家権力が「刑罰権」という権力を行使しようとするときに、それに歯止めをかけることもまた憲法の仕事だからです。
「民主主義社会」は自分と異なる意見をも受けいれ、そうした考えをもつ人と議論をすることによってはじめて発展します。自分のききたくない意見であっても、ある程度それを受けいれなければならないときがあります。私も、街を走る車のスピーカーから大きな音楽とともに政治的な演説が流れてくると、うるさくてちょっとイヤだなと思うことはあります。しかし、だからといってそうした表現を一切禁止すべきだとは考えません。人権を尊重しようとするならば、私たちは多少不快だと感じることがあっても、それをガマンしなければならないのです。
「表現の自由」(憲法21条)は、個人が目分の言いたいことを言って自己実現をはかるために重要な権利ですが、それにとどまらず、多くの多様な意見を参考に、人びとが自分の意見をつくりあげ、そのことによって社会が進歩するという、民主政治に不可欠の役割をはたす権利です。もちろんいくら「表現の自由」といっても、住民が本当にうんざりしていやがっている場合には、その意思を無視してビラ配りをする権利はありません。しかし、住民よりも官舎の管理者、つまり国がいやがっていただけだとしたら問題です。国がいやがる言論は問答無用でとりしまるということになってしまいます。それでは自由な言論が保障された社会とはいえません、権力者にとって不愉快だからといって、異論、反論などの少数者の権利を封じこめたのでは、民主主義は死んでしまいます。
「私たちの思想や言論のような精神活動の領域に国家はむやみに立ち入ってはいけない」というところに、憲法の人権保障の本質があることを忘れてはなりません。
<<(22)へ

[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]