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第21回<首相の靖国参拝と裁判所の役割>


10月17日に、小泉首相がまた靖国神社に参拝して、物議をかもしています。
この問題については、三つの高等裁判所の判決が出ましたが、その結論はまちまちでした。大阪高裁判決は、「靖国参拝は憲法違反(違憲)」と判断しましたが、東京高裁と高松高裁の判決では違憲かどうかの判断をしませんでした。
小泉首相もふくめて政治家のなかには、このように裁判所の判断がわかれていることを理由に、違憲判決を気にもとめないで靖国参拝をする人がいるようです。
こんなにもめるのなら、もっとはっきりと裁判所が違憲か合憲かを判断してくれればいいのに、と思う人もいるかもしれません。首相の靖国参拝は、「政治と宗教は分離されなければならない」という憲法上の「政教分離原則」に違反するかどうかの問題です。裁判所で明確に判断することができれば、話は簡単のように思えます。
ところが、実は現在の日本の裁判制度では、小泉首相の靖国参拝を直接、裁判所で争うことはできないことになっているのです。
それは日本の裁判所の役割が、私たち個人の権利を守ることを第一の目的としているため、原則として私たちの権利や義務に関する法律問題しかあつかってくれないことになっているからです。
例外的に、地方自治体の首長(都道府県知事や市町村長など)がおこなった行為なら、それが違法だと訴えることができるのですが、首相の靖国参拝のような行為を、「政教分離違反だ」といって直接、裁判で争う手段が、現在の法律では認められていません。
そこで多くの裁判では、原告の人たちは、「精神的な苦痛を受けた」といって、損害賠償請求の形をとって国や首相を訴えるしかないのです。
損害賠償請求という形をとるために、法律上は、「権利の侵害があったのか」とか「首相が職務行為として参拝したのか」といった細かな問題が出てきてしまいます。こうした法律技術的な問題に対してどのように対応するかによって、裁判所ごとに判断がわかれてしまうのです。
その結果、ことがらの本質であるはずの、「首相の靖国参拝は憲法違反か」という問題を正面から判断することがむずかしくなっています。もちろん、首相の違法行為を直接争えるような法制度にすればいいだけのことですが、いまの政治家たちがそんな法律をつくるとは思えません。
さて、これでよいのでしょうか?憲法に違反している状態が現にあるのに、「法制度の限界だからしかたがない」といってあきらめるしかないのでしょうか?
たしかに裁判所の第一の役割は、具体的な個人の権利を守ることにあります。ですが、それとともに、憲法の価値を守ることも重要な役割です。そのために、憲法は裁判所に「違憲審査権(憲法81条)」という特別の権限を与えています。憲法の大切な価値をしっかり守るため、個人の権利救済の必要性とは別に、積極的に違憲判決をおこなっていくことが求められているのです。
とくに政教分離違反のように少数の人の気持ちや人権が侵害されているときには、どうしても国民の多数派は「自分には関係ないから」と思ってしまい、政治家に文句をいってそれをやめさせようとしたりはしません。
つまり、多数決を本質とする民主主義によってでは、憲法違反を正していくことがむずかしい場合があるのです。民主主義では守りきれない少数者の権利や利益を守り、憲法の価値を実現することも、裁判所に期待された重要な役割です。
憲法は民主主義によって、多くの国民の幸せを実現しようとしました。そして同時に、民主主義によってはうまく救済しきれない個人の人権を、裁判所で救済することを予定しました。まさに「人権保障」という憲法の価値の実現を、裁判所に期待したわけです。
とすれば憲法が、違憲状態を正す努力じたいを裁判所に期待しているということもできるはずです。ただし憲法は、そのような裁判所の違憲判断を、政治家に強制する手段までは用意していません。政治家を裁判所の判断にしたがわせるのは、国民の役割なのです。裁判所の違憲判断を無視するような人間は政治家失格ですから、選挙で落選させるしかありません。
私たちは、裁判所が違憲審査権を積極的に行使して、憲法の価値を守ってくれることを期待するとともに、自分たち自身も民主主義を通じて、政治家の暴走に歯止めをかけていかなければならないのです。
憲法は、私たち国民が国家権力に歯止めをかけて守らせるものです。つまり、私たち国民が主体となって、まちがった政治を正し、憲法違反の状態をなくしていく努力をしなければならないのです。 
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