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第3回<「憲法改正」を考えるヒント>


 前回お話ししたように、「立憲主義」とは、自分たちが多数派となって過(あやま)った判断をしてしまう危険性に対して、あらかじめ憲法で歯止めをかけておこうという考え方です。こうした自己抑制的な考え方は、「人は誰でも過ちを犯すものだ」という謙虚(けんきょ)さに基づいた、きわめて合理的なものといえます。

 もともと近代の憲法は、権力にあらかじめ歯止めをかけて人権を守るための道具として生まれました。しかしいまの日本で、歯止めをかけなければならない強いカは国家権力だけではありません。

 たとえば、理不尽(りふじん)な「リストラ」をする会社や犯罪被害者のプライバシーを侵害する週刊誌などにも、何らかの歯止めが必要ではないでしょうか。

 つまり憲法は、単に国家権力を制限して国民の人権を守るものというよりも、強い力を制限して弱い立場の者を守るための道具と考えた方がよさそうです。強弱の力関係から理不尽が生まれるところでは、つねに憲法が問題になるといっても過言(かごん)ではありません。

 そうすると憲法は私たちの生活のあらゆる場面で問題となるはずなのですが、これまであまり憲法など意識してこなかったという人も多いのではないかと思います。なぜでしょうか?

 それはそうしたみなさんが、多数派、強者の側にいたからなのだと思います。日本人で、健康で、ふつうの生活ができて、学校にも行けるとなると、それはこの国で強者の側の人生を歩んできたことになります。そうではなく、もしあなたが在日外国人だったり、障害をもっていたり、貧困に苦しんでいたり、いじめられたりしていたら、憲法は違って見えたはずです。

 そして私たち自身も、いつも強者の側の人間でいられるとは限りませんし、強者だからといって弱者を踏みにじっていいということにはなりません。多数派や強者によって理不尽な扱いを受ける少数派、弱者のためにこそ憲法はあるのです。

 はっきりいってしまえば、強者にとって憲法なんかなくてもかまいません。むしろ自分たちに歯止めをかける道具など、うっとうしいだけです。ですから、権力を持っている人や強者の側の人は、憲法なんていらないと思うはずです。

 たとえば、いまイラクに自衛隊が行っていますが、外国にもっと自由に軍隊を派遣したいと思う人にとっては、いまの憲法は邪魔(じゃま)になります。なぜならみなさんも学校で習ったとおり、憲法第9条が「戦争放棄」や「戦力の不保持・交戦権の否認」といった歯止めを、国家権力に対してかけているからです。

 これを邪魔だと思う人たちが、憲法を改正したいと考えるのは当然のことでしょう。ですが、そもそも憲法はそのような考え方にあらかじめ歯止めをかけて、国家が軍事的に暴走したり、その結果国民を犠牲にしたりすることを防ぐために作られたのですから、憲法を改正して軍隊を持たないという歯止めをなくすとなると、国民のほうは相当の覚悟が必要になります。

 ここで「憲法改正」の問題を「立憲主義」の観点から考える上で3点ほど考え方のヒントをあげておきましょう。

 第一に、その「改正」をすることが、国家権カヘの歯止めになるのかを考えてください。

 たとえば「国防軍」を新しくつくることは国家に権限を与え、歯止めをゆるめることになりますが、それでいいのか。その代わりになる歯止めは何か。それが現実的に機能しうるものなのか、などを考えてみてください。

 第二に、国家権力に歯止めをかけるためのものだとしても、それが本当に必要な「改正」なのかを考えてみてください。

 たとえば「プライバシー権」のような新しい人権を保障するために、憲法改正が必要だという考え方があります。しかし憲法に「プライバシー権」をはっきり書くことが、本当に権力へのより強い歯止めとなるのか。いまでも個人の「プライバシー権」は、「幸福追求権」(憲法第13条)の解釈によって憲法上保障されていることになっています。ですから、それだけでは本当に不十分なのか、いまの憲法のままではなぜだめなのかを説明できなければなりません。

 第三に、その「改正」によって、具体的に誰がどのように幸せになるのかを考えてみてください。

 たとえば、沖縄にはたくさんの米軍や自衛隊の基地があります。もし日本が「国防軍」を持てば、軍需(ぐんじゅ)産業は栄えるでしょうが、身近に基地を抱える沖縄の人たちはいっそう危険に晒(さら)され、いまよりもっと不安になるかもしれません。それでは「改正」によって憲法がよりよいものになったとはいえないように思われます。

 憲法について考えるときは、こうしてイマジネーションを働かせてみることが大切なのです。
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