法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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第2回<守らなくてはならないのは誰?>


 前回お話したように、憲法は「個人の尊重」という価値を大切にします。多様な意見を受け入れて、それぞれが自立して生きていける社会が自由でよい社会だと考えています。

 そのためには他人の意見も尊重することが求められ、社会の中で自分の役割をしっかりと自覚してそれを果たすことも求められます。「自分勝手」とは無縁ですし、自らの意思で家族や地域を大切にすることにもつながります。

 仮に、権力者が自分に都合のいい人だけを尊重したり、多数派の人が自分たちと同じ考えを少数派の人に強制したのでは、多様性を受け入れてそれぞれの個性を生かす社会にはなりません。そこで、こうした権力者や多数派にも、あらかじめ歯止めをかけておく必要があることがわかります。

 たとえば、スポーツやゲームにはルールがあります。強い人でもルールを守るからこそ、みんなが楽しめるわけです。強い人が負けそうになったからといってゲームのルールを無視したり、勝手に変えたりすることを認めては話になりません。私たちの社会も、強い立場の人でも守らなければならないルールをあらかじめ決めておくことで、人々がより幸せになれるようにしました。それが憲法です。

 では憲法とふつうの法律はどう違うのでしょうか。

 法律は私たちのわがままを少し制限することによって、社会の秩序を維持します。ある人の言い分だけを聞いていたのでは、別の人が楽しくなくなります。そこでいろいろな意見を調整して法律をつくり、人々の意見のぶつかり合いを正しく調整しているのです。

 では法律はなぜ、「正しく調整している」といえるのでしょうか。それは、「その時代のその地域の多くの人々の意見に従っているので正しい」と考えているのです。昔は「国王や君主が作った法律だから正しい」と説明したのですが、今は民主主義の時代ですから、「国民の多くが正しいと考えるから正しいのだ」と説明することになります。

 では、国民の多数が正しいと考えただけで本当に正しいのでしようか。皆さんも歴史で勉強したように、そのときどきの多数派は過(あやま)ちを犯す危険性があります。ナポレオン帝政もナチスドイツもそうでした。日本も国民の多数が熱狂的に戦争を支持した時代もありました。ふり返ってみると、国民の多数派が過ちを犯すことはよくあることなのです。不正確な情報に踊らされたり、ムードに流されたり、目先のことに目を奪われたりして、冷静な正しい判断ができなくなる危険性を誰もがもっています。

 そこで、そうした人間の弱さに着目して、あらかじめ多数派に歯止めをかけることにしたわけです。多数決で決めるべきこともあるけれども、多数決で決めてはいけないこともある。それを前もって憲法の中に書き込んでおくことにしたのです。それが「人権」であり「平和」です。みなさんも、いくらクラスの多数決で決めたからといって、誰か一人に掃除当番を押しつけることが許されないのを知っているはずです。

 国民の多数の意見に従って政治をすすめる「民主主義」に対して、それに歯止めをかけていく考え方を「立憲主義」といいます。「国民の多数意見に従った権力であっても、歯止めをかけなければならないときがある」という考え方です。

 民主主義はとても大切です。ですがそれと同じくらい、立憲主義も大切なのです。人間は不完全な生き物で過ちを犯す危険性をもっているからです。憲法は人間に対する謙虚(けんきょ)さから生まれたものといってもいいでしょう。そのときどきの必要性によって多数派が法律を作り、社会の秩序を維持していきますが、憲法はもっと長い目でみて、この国に住む人々の幸せにとって本当に大切なことを規定するものなのです。

 ところで、憲法は公務員だけに「憲法尊重擁護義務」を課しています(第99条)。公務員は、国や地方自治体において権力を行使する人たちです。国民の人権を侵害してしまいがちな立場にいるために、特に憲法を守らなければならないとされているのです。日本の憲法は国民には「憲法を守れ」といっていません。国民はむしろ「憲法を守らせる側」にいるからです。その意味では、権力を行使する側の人にとって、憲法は常に「押しつけられた」と感じるものなのです。

 法律が「国民の自由を制限するもの」であるのに対して、憲法は「国家権力の自由を制限するためのもの」といえます。ですから、憲法が「人権規定」中心で「国民の義務や責任に関する規定」が少ないのは当然なのです。もし憲法の中に国民の義務や責任を多く入れてしまうと、それは憲法ではなく単なる法律になってしまいます。

 憲法はそのときどきの一時的な多数意見に歯止めをかけて、国民の人権と平和をまもろうとした大切なものです。ですが、みなさんの多くは憲法を意識したことなどないでしょう。なぜでしょうか。その理由を次回考えてみましょう。
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