法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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第14回 <教育は何のために?>


学校教育の現場で、国や地方自治体などが日の丸・君が代を強制することが憲法一九条の保障する「思想・良心の自由」に反することは、前回お話ししました。
では、そもそも学校の式典で国旗掲揚や国歌斉唱を行うのはなぜでしょうか。私は、日の丸も君が代も「教育」という名において、子どもたちに「国家」を意識させ、その一員であることを自覚させ、愛国心を高めるためのものだと考えています。そこで今回は、愛国心や国家の役割、そして「教育を受ける権利」についてお話しましょう。
サッカーの国際試合などで自分の国を応援したくなる人も多いと思います。そうした場合に自然にわき出てくる愛国心や国への帰属意識は必ずしも悪いものではないという考えの人もいると思います。しかし私は、「国家」を必要以上に意識させることは排外主義と結びつく危険があり、これからの時代には克服されるべきものだと考えています。むしろこれからは、一人ひとりがあまり国家を意識せずに、いかに地球市民としての連携を深めていくかを考えるべきなのではないかと思っています。
もちろん、社会の秩序を維持し、そこで生活する者の生命と財産をまもるためには、国家という権力装置が必要なことは否定できないでしょう。しかし、国家が愛国心をあおって、国民にことさら国を意識させることは危険を伴うこともまた自覚しておかなければなりません。
国家というものは必要最小限の役割を果たせばいいのであって、あまり強調されるべきものではありません。ことさらに国民としての連帯意識を強制したり、ましてや愛国心を強制するようなことがあってはなりません。なぜでしょうか。二つ理由があります。
一つは、憲法の根本価値である「個人の尊重」の理念に反するからです。つまり、「国家が重要なんだから、個人はガマンしろ」ということになりかねないということです。これでは「個人の尊重」の理念に反します。サッカーの試合でも相手国チームの選手を応援したいこともあるでしょう。そんなときに「非国民」などと言われたのではたまりません。
また、「国家」という枠でものを考えるということは、「その枠にあてはまらない人」を排除することにつながります。この日本にも二〇〇万人ほどの外国人が住んでいます。そうした外国人の方々とうまく共存していくためにも、あまり「国家」という枠組みを強調しない方がよいと考えています。
日本古来の文化や伝統を大切にできなければ、日本人として失格であるかのごとくにいうのもおかしな話です。私たちが使っている漢字も食べ物もさまざまな生活様式も、その多くが中国大陸や朝鮮半島から伝来したものです。何をもって「日本古来の文化や伝統」というのか、そもそも文化は異文化と融合して発展するものです。
わざわざ過去にとらわれるために国家を意識する必要はまったくありません。むしろ、私たちは意識的に、国家という枠から自由になるようにするべきなのです。
そして国民がそのような自由な意識を持てるかどうかは、教育にかかっています。憲法は「学問の自由」(二三条)や「教育を受ける権利」(二六条)という人権を保障しています。とくに子どもは「学習権」といって、「自分の能力に応じて、自己の人格を完成させていくための教育」を大人一般に要求する権利を保障されています。
そこでは、一定の価値観や思想を強制的に注入することがあってはなりません。それは教育ではなく「洗脳」です。
ときの権力者が自分の都合のいいように国民を洗脳することはいつの時代にもあることです。ですが、子どもの学習権を保障する観点からは、あくまでも教育は国家や組織のためのものではなく、子どもたち自身がより幸せになるために行われるべきものです。「より幸せになる」とは、より自分らしく生きることができるようにその個性を伸ばし、自分の頭で考えて決定できる能力を育むことです。国や強い者の言いなりになる「奴隷の幸せ」ではなくて、自立的に生きていく能力を育てることが必要なのです。
思えば、日本の学校教育の現場には、制服、形式ばった朝礼や入学式や卒業式、整列や「前ならえ」というかけ声、運動会の行進やラジオ体操……など、一定の命令に従うことがあまりにも当然のように行われてきました。これらはみな、「お上の言うことをきく従順な国民」を養成する仕組みに思えてなりません。支配する者にとって都合のいいような教育が、戦前戦後を通じて行われてきたのだと思います。
こうした観点から考えてみると、日の丸・君が代を子どもたちに事実上強制するような職務命令には従う必要はありません。それどころか、子どもの人権を守るためにそれに抵抗する権利が親や教師にはあるというべきでしょう。それは同時に、子どもに対する責任であり、大人たちの義務でもあるのです。
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