法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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第8回 <プロ野球選手がストしていいの?>


 いま、プロ野球の世界が揺れています。

 9月には日本のプロ野球史上初めてのストライキが決行されました。ストライキについては賛否両論あるようですが、今回はそもそも「ストライキの権利」とはいったい何なのかを、憲法の観点から考えてみましょう。

 ストライキなどをする権利を「団体行動権」といいます。憲法は28条において、勤労者に「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」を人権として保障しました。これらは「労働基本権」とよばれる人権です。

 もともと憲法は、「国家のカを制限して国民の人権を守るためのもの」です。国家と国民の間に大きな力の差があるため、国家が「権力」という力を行使して国民に理不尽なことをしないように、歯止めをかけたわけです。

 それが憲法の存在意義だとすると、何も国家と国民の間だけでなく、カの強弱の関係がある場面では、憲法の考え方を及ぼして、強い者による弱い者への理不尽を制限する必要があります。そこで国民どうしの間でも、強弱の力関係がある場面では、憲法の人権規定が適用されるのです。「労働基本権」も、勤労者が企業などの使用者に対して主張する権利、つまり私人の間で問題となる権利なのです。

 労働基本権は、憲法の保障する「人権」のなかでも、生存権と並んで「社会権」に分類されます。では「社会権」はどのような事情から生まれたのでしょうか。

 そもそも憲法は、市民の、「国家からの自由」を守るために生まれました。一八世紀後半の近代市民革命(フランス革命など)以後の西欧社会において、国家が国民生活に干渉しないように、憲法で国家に歯止めをかけたわけです。

 そのおかげで自由主義経済が発展します。しかし一九世紀に入り、資本主義が発達していくなかで、勤労者は失業や劣悪な労働条件のために厳しい生活を余儀なくされます。

 そこで勤労者や社会的・経済的な弱者が、人間に値する生活を実現できるように、「国家が積極的に国民生活に介入して救済をはかるべきだ」という考えが生まれます。こうした考えにもとづいて、生存権や労働基本権などの人権(社会権)が生まれました。つまり社会権は、社会的・経済的な弱者を救済する目的をもって生まれた人権なのです。

 たとえば勤労者が使用者と労働契約を結んで仕事をする場合に、そのままでは、一人ひとりの勤労者は使用者に対して不利な立場に立たざるをえません。

 そこで、勤労者を使用者と対等の立場に立たせることを目的として、労働基本権が保障されたのです。これによって、勤労者には「ストライキをする権利」が人権として与えられます。ストをしたとしても、それによって生じた会社の損害について損害賠償責任を負わなくてすむことになるのです。

 さてこのように、労働基本権には、「弱い立場の勤労者が自分の生活を守るための権利」というイメージがあるのですが、何億円も稼いでいるプロ野球選手が、はたして憲法の想定する「勤労者」にあたるのでしょうか。

 たしかに「最低限度の生活を保障するために労働基本権がある」と考えると、ちょっと違和感を持つ人もいると思います。ですが、今日の労働基本権を、単なる「生活のためのもの」と考えるべきではありません。「個人の尊重の理念(憲法13条)にもとづく、自己決定権の現れ」と位置づけることが必要なのです。

 誰もが自分の幸せを、自分で決める権利を持ちます。そして自分に関わることであれば、その決定手続に自ら参加することができるはずです。自分の職場環境や労働条件は、自分が参加して自分で決める。そうした「自己参加」「自己決定」の権利として、労働基本権が保障されているのです。

 ですから、ある程度の収入のある勤労者であっても、自らの職場環境や労働条件を改善するために、労働基本権を行使することは当然のことなのです。プロ野球選手であっても、自分たちに関わる野球環境をよりよくするために労働基本権を行使することは、当然の権利といえます。

 「好きな野球をやらせてやっているのだから、黙って言うことをきけ」といわれて、これに従っていればある程度の生活は保障されるかもしれません。しかし、「自分や野球界の将来のことを、自分も参加して決めたい」と考える選手もいるはずです。経営者と対等な立場に立って、自分の考えを主張し、自由に生きるための手段として、選手の労働基本権が重要な意味をもつのです。

 「保護してやるから言うことをきけ」と言われて素直に従う「奴隷の幸せ」ではなく、自分のことは自分で決め、責任をとるという「自律を伴う自由」こそが、私たちのめざすべき方向なのだということを選手たちが教えてくれました。

 この国と国民のあり方をも示唆しているようで、とても興味深く感じます。

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