法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

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第6回<黙っていたら人権はない>

 憲法は多数派(強者)の意思を反映した国家権力を制限して少数派(弱者)の人権を保障するものだ、と話してきました。
 
 多数派の国民が正しい情報を与えられてきちんとした判断ができるのならばまだいいのですが、実際は与えられる情報が間違っていたり、ムードに流されてしまったりして、正しい判断ができないことがあります。その結果、少数派の人たちが理不尽な仕打ちを受けて、悲しい思いをします。ですから、多数派の人たちには、「自分たちの考えを押し通したら少数派の人たちに何が起こるだろうか」と想像する力、感性が必要となります。 
 
 憲法改正問題でも国防軍を持つとどのようなことが行われるか、人道のためにという美名のもとで「何でもあり」となる危険はないか。そのときに弱い立場の人たちはどうなるか、しっかりとイマジネーションを働かせて考えておかなければいけません。

 ある意味では、多数派の人間にとって憲法はイマジネーションの世界です。差別を受けたり、人権を侵害された経験がない人にとっては憲法を具体的に必要とすることがないのでわかりにくいのです。

 しかし、常に自分は多数派で強者だという人はいないはずです。仕事で下請け会社に理不尽な要求を突きつけることができる人でも、会社との関係では一労働者としてリストラの脅威にさらされているかもしれません。このようにある場面では強者であっても、別の場面では弱者であることはよくあります。また、今は多数派の側にいることができたとしても、いつ少数派になるかわかりません。たとえば誰でも将来介護が必要となり、弱者になる可能性があります。明日、バイクの事故で半身不随になるかもしれません。

 誰もが多数派になり少数派になる。だから自分たちが暴走して、少数派や弱者の人権を無視したりしないように憲法で歯止めをかけているのです。ムードに流されて間違った判断をしてしまうような弱いところが自分にあることを自覚して、あらかじめ合理的な自己抑制をしているわけです。そのときに必要なものが、他人の痛みを自分のことのように感じることができる感性、つまり人権感覚です。

 そもそも人権とはなんでしょうか。Human rights(人権)のrightは「正しいこと」を意味しますから、人権とは「人として正しいこと」という意味になります。(浦部法穂先生の『憲法学教室』(日本評論社)に載っています。ぜひ読んでみてください)。ならば、この人権は保障されて当然のことといえます。人類の普遍的な価値なのです。

 ところが実際にはけっして普遍的なものではありませんでした。アメリカはもともと先住民への人権侵害や黒人差別の国でした。イギリスも人権の母国ですが、植民地の人々の人権などまったく考えていませんでした。有名な「フランスの人権宣言」も男の人権しか考えていませんでした。
 実際の歴史の中では、人権は普遍的でもなんでもなかったのです。人権とはむしろ、「普遍的であるべきだ」という思いを込めた主張なのです。「積極的に主張し続けなければ意味がなくなってしまうもの」と言ってもいいかもしれません。 

 「平和的生存権」という人権も同様です。私たちの憲法は、平和を単なる国家の政策としてではなく、人権として位置づけました。これは日本の憲法の大きな特長であり、時代の先取りです。人権保障がなければ平和もないし、平和でなければ人権が保障されるはずもありません。「人権」と「平和」は不可分で一体なのです。

 平和も人権も黙っていて保障されるものではありません。私たちが主張し、必死の努力によってはじめて勝ち取れるものであることを、心にとめておかなければなりません。
 私たちはどのような国に住みたいのでしょうか。どんな理不尽や税金の無駄遣いがあろうとも、「国のいうことをきいていれば安心だろう」と無批判に信じて権力に依存していく生き方を望むのでしょうか。それとも、自分のことは自分で決め、あらゆる理不尽を自分のことのように感じて許さないという感性を持ち、権力を監視して、私たちみんながより幸せを感じられるような社会を望むのでしょうか。

 私は後者のように、国民が主体性をもって生きていくことができる国が民主主義国家だと考えています。「守ってもらえるから国のいうことを黙ってきいておこう」というのではだめです。それでは「奴隷の幸せ」になってしまいます。自分の考えを主張して、自分の幸せづくりには自分で参加していかなければならないのです。

 憲法は、自分の幸せを自分で決める権利として「自己決定権」を保障しています。こうした権利を行使するかどうか、自分の考えを主張してより幸せになるための努力をするかどうかも、私たち自身の自己決定に委ねられています。

 もう一度言います。人権とは人として正しいことを主張し続けることです。

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